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■お茶会に向けて・下

そういうわけでして、私ナノ。
お茶会に向けて、帽子屋ファミリーブランドの紅茶開発の助っ人になりました。
廊下で通りすがったエリオットは冷たい目で、
「……墓守の諜報員が加わるとか、場違いにも、ほどがあるだろ」
「で、ですよね。実際の作業をされる皆さんは本職ですし……」
冷や汗をかき、素っ気ない背中を見送るしかありませんで。
その場のノリで入っちゃいましたが、実際には私の出番はほとんどないでしょう。
お屋敷の皆さんも、そう思ってるっぽいです。期待の視線などは感じません。

…………

…………

夜の作業所は静まりかえっている。
私は灯りをつけ、書物を何冊も開き、ノートにガリガリと書き付ける。
『茶園の改植計画』
決定に加われるか分からないけど、まあ、構想程度に。
出来の悪い区画の、茶樹の廃棄、整地、施肥、そして若い苗木の植え付け。
元の世界なら年単位の計画だけど、不思議の国だと植えればサッと育つから助かる。
「それに、やっぱり作業所の作業を見直した方がいいですよね」
茶葉の揉捻……手もみの行程は、酸化発酵の次に重要な作業だというのに、手抜き
している奴がいるらしい。おかげで迷惑しているのだ。
使用人さんメイドさんはマフィア業で入れ替わり立ち替わりだけど、私は作業所に
ずっといるから、不真面目な人の目星は大体ついている。まだ確定は出来ないけど。
――あとは酸化発酵の時間帯の見直しの提案……。
さらに何冊も本を開き、ガリガリガリとメモする。そしたら、後ろから、
「ナノさん〜、そろそろ寝ませんか〜?」
「お仕事を始めてから、××時間帯ですよ。みんな、帰っちゃいましたよ〜」
……ヤベ。このお二人のことを忘れていた。

私はここのところ、ほとんど屋敷に帰らず、ずーっと、ずーっと作業所に詰めてる。
作業所が賑わう時間帯は、お茶会でお出しする紅茶のブレンド作業。
もちろん、作業もお手伝いするし、後片付け、お掃除もお手伝い。
その後、ご自宅やら別の仕事やらで、皆さんお帰りになって、私だけが残る。
そうなると、私は紅茶関係の調べ物をしたり、書類や計画をまとめたり。
もちろん、紅茶も淹れまくる。
ほぼ無人の作業室で、私の他にいるのは、なじみのメイドさんお二人だけだ。
彼女らは、本の整理や片付けをして下さる。
……単にやることが無いだけかもしれないけど。

「ナノさん、もう少し休まないと〜」
「いくら約束したからって、義務じゃ無いんですから〜」
「他の方はマフィアのお仕事があるから、仕方ないですよ。
客の私が、一番、余裕と余力がありますし。勝手に寝ちゃっていいですよ?」
「眠れるわけないじゃないですか〜」
「私たちも、お仕事でここにいるんですから〜」
怒られた。そういえば監視役でしたな、この二人。
……今や監視役どころか、私の雑用係と化しているけど。
なので、私はパタンとノートを閉じる。
すると監視役のお二人は顔をちょっと輝かせ、
「もうお休みになるんですか〜?」
私は首を振って椅子から立ち上がった。
「いえ、次はテイスティングをやります」
テイスティング。簡単に言えば、茶葉の鑑定だ。
作業所で出来る茶葉は一種類だけではない。
さらに出来上がりのバラつきもひどいとなれば、品質確認も含めて、頻繁かつ厳格な
鑑定作業が必要になる。
「ええ〜、またですか〜?」
「お休みしても誰も何も言わないですよ〜」
「仕方ないですよ。何もかも手探りなんですから」
香り、色、渋み、苦み、酸味、こくを舌で峻別。
一度で全て味見し、鑑定し、記憶する。頭が悪い私には過酷な作業だ。
でも、暇な私に手伝えるのは、こんなことくらいしかない。
「さて、さっさと終わらせますか」
で、手早くテイスティング・カップを並べ、茶葉の抽出準備にかかってると、メイド
さんたちが引き気味に、
「あの、ナノさん。ずいぶんカップが多いんですね〜。十六、十七、十八……」
「どのくらい鑑定されるんですか〜?二十種類くらい〜?」
あ。ヤバイ。ちょっと疲れて、出すカップの数を間違えた。
私は慌てて予備のカップを出しながら、

「いえ三百種類です」

たくさんの種類の茶樹を育てているし、交配種もあるし、それぞれの工程別、作業
グループ別での仕上がり具合も見たい。恐らく三百は余裕で行くはずだ。
その後でもちろん、テイスティングを元にしたブレンドの試作もやる。
面倒くさいけど、やるしかない。
また椅子の上で仮眠を取ることになりそうだ。

どうでもいいけど、何で監視役のお二人は固まってるんだろう。

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