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■お茶会に向けて・中

さて、私ナノ。近々開かれる帽子屋屋敷のお茶会にて、紅茶を淹れさせられる
こととあいなりました。
嫌で嫌で仕方ないのですが、拷問までチラつかされては、従わざるを得ません。
虜囚の身の、哀れなるところです。

お茶会では運良く入荷に成功した、良質の茶葉が振るまわれるとのこと。
余所者の客人(?)たる私は、それを自由に使って良いそうです。
なので私は、お茶会に向け、ひたすら勉強をするつもりでした。
でした、が……。

…………

夜の時間帯のこと。私は茶園の近くにある作業所にいた。
茶園で摘み取った茶葉を加工する、加工作業所だ。
お茶会が近い今、お手伝いをする暇はさすがに無い。
作業所に来たのも、どんな茶葉が生産されているか、軽く味を確かめるためだった。
市販の良質の茶葉も良いけど、やはり自家製の茶葉に興味があったし。でも……。

――来るんじゃ無かった……。

夜の時間帯で、作業メンバーは引き上げている。
ひとけの無くなった作業所のすみには、小さなテーブルが置かれていた。
席につくのは、リーダー格らしい何人かの使用人さんメイドさん。
あと急な来客たる私だった。
紅茶を飲み終わった私は、ティーカップを受け皿に置いた。ぎこちない笑顔で、
「……その、とても美味しかったですよ。さすが、本職の出来ですね」
「本気でそう言うのなら〜。目をそらさないで下さい〜」
「分かってますよ〜。あなたの仰る通り〜。我々は本職ですから〜」
私の社交辞令に、場の人たちはしぶーい顔。
仕方なく、私も本音を口にした。
「ぶっちゃけ、今のままでは、あなた方の身が危ういのでは?」
使用人さんたちは、自虐的に顔を見合わせた。
「ですよね〜」
「首が飛んじゃいますよね〜」
お仕事的な意味か、『そのまんま』の意味か知らんが。ガクブル。

自家製紅茶は、別に不味いわけではない。
人員割いて、本職の人たちが試行錯誤してるだけあって、それなりの味だ。
でもそこまで。紅茶通で知られたボスに出すには『う〜ん』とうなってしまう。
しかも紅茶生産は、オール手作業なもんだから、仕上がりのバラつきもひどい。
自家製に手を出してから日が浅く、手探りなところが多いらしい。
つまり、人様にお披露目が出来るレベルでは無いのだそうな。

「これは難作業ですね。お茶会まで時間帯も少ないのに」
彼らの鬱々ムードが移り、私もため息をついた。
「ええ〜。私たち〜、完成した茶葉を淹れるのは、慣れているんですが〜」
そりゃ、昨日まで八百屋で買ってたのが、いきなり畑で種から作れと言われても困るわな。
「あ〜、俺たちのせいで、お茶会が大失敗したら〜」
日夜作業にあたり、抗争にも参加してるだろう使用人さんたちは参ってるみたいだ。
暗い作業所のテーブルにうなだれ、すっかり落ち込んでいる。
「で、でも、お茶会のメインは、入荷した茶葉なんですよ?
皆さんは紅茶を淹れるプロなんですから、そっちで美味しく淹れれば……」
何とか励まそうとしたんだけど、
「ダメなんですよ〜。屋敷で作る茶葉は、いずれ市場に流通させるんです。
お茶会では、それなりのものを出さないと〜」
「完成記念パーティーやお披露目会だって、この先ちゃんと予定されてるんです〜」
……本当に売るつもりなんかい、帽子屋さん。
そんな内情は初めて知った。
墓守領には、まだ食堂で普通に出せるだけの量の茶葉がある。
このことをジェリコさんに教えたら、絶好の商機になるかもしれない。
……いかんいかん。これじゃあ本物の諜報員じゃないですか、私。
「その、お茶会まで、まだあるじゃないですか。あきらめず頑張って下さいよ!」
どうにも立ち去るきっかけがつかめず、愛想笑いすると、
「今から生産ラインを見直して〜、条件を変えて〜、グレーディング調整して〜」
「それだけでも〜、かなりかかりますよね〜」
「ああ〜、もうダメです〜」
「人手不足ですよ〜。作業的にも、知識的にも〜」
…………。

「あの、なら私もお手伝いしましょうか?」

ポロッと口から出た。

『……?』
合図でもしたかのように、使用人さんたちが一斉に顔を上げ、こちらを見る。
「えっと、わ、私も詳しいわけじゃないけど……お役に立てるのなら……」
私の紅茶なんて、どうせ帽子屋さんには、お茶会のオマケみたいな物でしょうし。
自家製紅茶が失敗すれば彼らは確実に罰を受けるが、私の紅茶が失敗しても私に罰は無い。
「あなたが〜?確か、墓守領の余所者の方、ですよね〜」
「この間〜、茶摘みを手伝ってくれたわよね〜」
「噂では〜、墓守領にあった大量の紅茶を〜、一夜で飲み干したとか〜」
「そこまでじゃないですよっ!!」
尾ひれがつきすぎでしょうが。クジラじゃあないんだから。
「でも〜、あなたは〜、その、失礼ですが〜、墓守領の方ですし〜」
「帽子屋さんの許可はいただきますよ。茶園を中途半端に手伝った縁もありますし、
お困りのようなら、紅茶好き同士、お手伝いしたいですから」
あーあー、紅茶好きって認めちゃったー。

それになー、ここの人の何人かに、見覚えがある気がする。
だから手助けしたい。
といっても、顔無しさんだから、具体的に覚えてるわけじゃないんですが。
でも、いつかどこかで、笑い、話しながら、一緒に紅茶を淹れたような……。
気のせいかな。私はまだ帽子屋領で紅茶を淹れたことがないんだし。

使用人さんたちは、しばらく顔を見合わせ、ヒソヒソしていた。
けど、やがてこちらを見、代表者っぽい人が明るい声で言った。
「では、お願いします〜。我々としてもあなたが加わって下さると、心強い」
頭を下げられ、手まで差し出された。手に触れると、力強く握りかえしてくる。
「あ、ど、ど、どうも。頑張ります……」
どもりつつ頭を下げると、なぜか拍手された。
「よろしく〜。余所者さんって、スゴイらしいですね〜」
「ナノさん、でしたっけ〜?頑張りましょう〜」
「何とかなりそうな気がしてきましたね〜」
急に雰囲気が明るくなってきた。
私が紅茶を淹れるのを渋ってたせい?
この人たちがそれだけ追い詰められてるせい?
エラい期待値が上がっているような。
こっちは素人に毛が生えたようなレベルだというのに……。

そして時間帯が変わり、窓の外が昼間の空になった。

…………

「というわけで、お茶会まで作業所に詰めますから。本の移動をお願いしますね」
いちおう許可を取り付けるため、帽子屋さんに連絡に行った。
帽子屋さんは二つ返事でうなずいてくれた。
「したいようにするといい。我が屋敷の紅茶をどう淹れるか、楽しみにしているよ。
それに、あちらでは、作業が行き詰まっているようだったからな。
君という異分子が加わり、活気が戻ったようで何よりだ」
「…………」
状況は監視の部下から聞いたんだろうけど、生産の停滞具合まで把握していたとは。
こうなることまで見越して、私に茶摘みを自由にやらせたとか……?まさか、ね。
――でも、やっぱり、組織のボスなんですね。
変な人だと思ってた自分を、ちょっと反省する私でした。

「あそこで作らせているのは、市場に流通させようという紅茶だ。
良いものが出来たら、君にも相応の報酬を払おう」
「結構ですよ。私は早く墓守領に帰りたいんです」
素っ気なく言って、扉に向かう。

「帰りたくとも、帰さない。と言ったら?」

思わず振り向くと、帽子屋さんは肩をすくめて、
「冗談だ。良い働きを期待しているよ」
とだけ言って、書類作業に戻った。

こりゃ、カケラも期待されてないですなあ。

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