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■帽子屋さんと紅茶嫌いの諜報員・下

何かを思い出しかけた。
でも一瞬だけ頭に浮かんだ言葉は、記憶に書き留める前に消去されてしまった。

「抗争が長引いているせいでね、なかなかいい茶葉が取り寄せられない……」
帽子屋さんの声に、思い出しかけたものが、完全に霧散する。
あきらめてボスを見上げると、帽子屋さんは私を見下ろしていた。どこか自慢げに、
「それならば、自分で作ればいいと始めたんだ」
――うーん。投資額を考えれば割に合わないと思うけど……。
まさか個人で製作した茶葉を、流通させる?まさか、ね。
でも、そこまでして、紅茶が飲みたいというお気持ちなら、よーく分かる。
――なら、お手伝いしますか。
「だが慢性的な人手不足なことが悩みだ。
それでは次に、先ほど見た、茶葉の加工作業所を……お嬢さん、どこへ行く?」
後ろから帽子屋さんが呼んでるけど、私は聞いてない。
私は茶畑にフラフラと歩いて行った。
「ナノさん?茶摘みの邪魔になっちゃいますよ〜!」
「生の葉っぱは食べられないですよ〜!」
監視役のメイドさん二人も言ってくるけど、気にしない。というか失礼な!
でも何度も呼ばれるので、私は一度だけ振り向いた。そして帽子屋さんに、
「私は紅茶嫌い。大嫌いなんです」
「……ああ」
眉をひそめながら、帽子屋さんはうなずく。

「でも帽子屋領のボスは、それを知っていて、私をわざと嫌いな茶園に連れて行き、
奴隷のごとく、こき使おうという酷い魂胆なんです!」
すると帽子屋さんは腕組みし、
「いや、君は病み上がりだし、さすがに作業まで手伝わせようとは――」
「しかーし!むやみに命令に逆らい、墓守領の名を貶めるわけには行きません!
だからナノは、大嫌いな茶園で、茶葉を嫌々摘むことにしたのでした!!」
と言い切ってから、帽子屋さんにサッと背を向ける。
「……なぜ説明口調になっているんだ?」
ツッコミが弱い!しかし相手には出来ない。
追いかけられて止められる前に、茶畑にたどりついた。
そしてごく自然に、空いているカゴを一個担いだ。
それからスーッと茶畑の畝(うね)に入り込む。
――三枚目は摘んでませんね。
他の畝の摘み方を見て、私も端から茶葉を摘みだした。
先端の芽と、すぐ下の若葉二枚を摘み、次々に背中のカゴに放り込む。
楽では無いけど、どこか懐かしい感触。
気がつくと身体のダルさも完全に消えていた。
帽子屋さんやメイドさんたちは、畑の外でまだ何か言ってる。
けど茶畑の中に入ってきて、引きずりだすまでは、しないみたいだ。
私は安心して茶摘みを続けた。

「あら〜、あなた新入りですか〜?」
すると別の畝で、茶摘みをしていたメイドさんが、私に気づいて話しかけてきた。
どうやらこの区画の、リーダー役みたいだ。
「ナノと申します。ボスの命令でお手伝いに参りました。よろしくお願いします」
手を止めずに茶葉を摘みながら、頭を下げる。
「そうですか〜。でもいきなり始められても〜……」
メイドさんは言葉を止め、私の手元をジッと見る。やがてニッコリ笑ってうなずいた。
「そうそう〜。一芯二葉ですよ〜。分かってますね〜」
そしてふいに顔を上げ、別の方向を見る。
「あら〜?ボス、御用ですか〜?」
どうやら帽子屋さんに呼ばれたらしい。
彼女は茶葉でいっぱいになったカゴを担ぎ直し、小走りに言ってしまう。

それから、彼女はしばらくして戻ってきて、私に戸惑ったように、
「ええと〜、ボスからですが〜……『あまりにも苦痛に満ちた形相をしているから、
止めるに忍びず、作業所の案内はまたの機会に。無理は避け、自重自愛するように』
……とのこと、です……。あと、作業の指示もこちらでするようにと……」
彼女は不思議そうに、茶摘みをする私の顔を見、首をかしげる。
「『苦痛に満ちた形相』?ものすご〜く、嬉しそうに茶摘みをしてますよね〜」

しかしメイドさんの言葉を聞き、私は茶摘みをしつつ、内心慌てる。
――うわ、お、お、お、怒られた!?ねえ今度こそ、怒られた!?
慌てて振り向くけど、帽子屋さんはメイドさんと共にいなくなっていた。
――カフェイン抜けても、失礼がノンストップですよ、わたくし!
強引に茶葉の摘菜作業に割り込んだし、帽子屋さんの声をスルーしたし!!
そもそも本棚だって、まだ片付けてないし!
もう処分執行書にサインしまくってる感じじゃあないですか!!
「ぼ、帽子屋さん!……じゃない、ボスと他にはどんな会話をされました!?」
つかみかからんばかりの勢いで聞くと、メイドさんは引き気味に言った。
「どんなって〜、まず私が人員補充のお礼を申し上げて〜。
そうしたらあなたの仕事ぶりを聞かれたから〜、『ちょっとスピードがのんびり
だけど、手慣れてるみたいだし、摘みも丁寧だから心配ないです〜』って〜」
う。の、のんびりは反省しないと。でもずいぶん久しぶりに褒められ、頬が熱い。
でもメイドさんが褒めて下さろうとも、帽子屋さんが度重なる無礼に激怒していた
なら、めでたく処分執行のサイン完了である。
「え、えーと、それで、ボスはどんな表情でした!?」

するとメイドさんはやわらかく微笑み、

「茶摘みをしている時のあなたと〜、おんなじお顔をされてましたよ〜」

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