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■帽子屋領の囚われ人

そして帽子屋さんの部屋にわたくし、おります。
そこそこの広さで、居心地の良さそうな部屋です。
ところどころ整理されてませんが。
で、今、私はソファに座らされ、ボスと対峙させられています。
緊張で全身がガクガク震えます。
でもソファの向かいに座るボスは、優雅に足を組み、笑う。
「そう硬くなることはない、お嬢さん。
目新しい情報がないか、確認するだけだ」
墓守領の人間ということで、ボスじきじきの尋問を受けることになったのです。
ですが……。

「えーと、えーとですね。時計屋さんの部屋は、確か三番目の廊下を曲がった先……
あれ、四番目でしたっけ?防音仕様なんですよ。あれ?防災仕様でしたっけ?
あと居住スペースの食堂には残虐な連中がたくさんおりまして、私に特定の飲料を
提供することを断固拒否するんですよ。『他の飲み物も美味いぞ』とか非道な……」
「もういい」
続けようとすると、帽子屋さんに手で遮られた。
「君が情報を持たないのは、よく分かった。
しかも多分に主観的で、こちらに全く伝ってこない」
えー、そんなぁー。
「それに情報どころか、ほとんど出歩いてないんじゃねえのか?こいつ。
自分の部屋と、その周りのことしか話さねえじゃねえか」
「で、出歩いてますよ。失礼な!」
帽子屋さんの背後に立つエリオットに反論する。
すると帽子屋さんが興味無さそうに、
「なら美術館で、何か新しい展示物は出たか?」
「え?あー、そういえば美術館にはまだ行ったことないです」
「食堂の構成員たちは、何か面白い話をしていたか?」
「あ、はい!何とかってパブの可愛い子が、なかなかデートの誘いに応じてくれない
って愚痴ってました!あと女性職員さんたちが、館長の眼鏡のデザインについて
激しい議論を交わしていたら、そこにジェリコさんが来まして、話を聞いて何と――!」
『もういい』
帽子屋さんとエリオットに同時に言われた。何ゆえ!!


「失礼いたします〜」
と、扉が開き、お屋敷の使用人さんが入ってきた。
大きめのトレイを両手に持っており、そこにのってるのは、美味しそうなケーキと、
……こ、これは……っ!
思わず腰を浮かす私に、帽子屋さんはフッと笑い、
「あちらの品揃えには多少、劣るかもしれないが上物だ」
ティーセット一式だった。使用人さんは、目の前で鮮やかにお茶会の準備を整え始める。
「…………」
「一度君とゆっくり話をしたいと、居場所を探っていた。
こうして君を屋敷に招くことが出来て、実に嬉しいよ」
「……あの、さっき『忘れかけていた』とか言いませんでした?」
ついでに言えば、招かれてもいない。
「『奴』が君を拾ったらしいと分かったからな。敵の領土奥深くの、カゴの鳥一羽を
捕まえるのは、さすがに私にも容易ではない」
『奴』とはジェリコさんのことだろう。でもカゴの鳥なんて思った覚えはない。
自室警備員……ゴホン!部屋にいっぱなしだったけども!

そうこうしている間に、使用人さんが紅茶を淹れ終わったようだ。
私の前にスッと、無駄のない動きで、ティーカップとケーキが置かれた。
「試飲を重ねた独自のブレンドだ。君の口に合うと良いのだが」
ちなみに二人分で、エリオットさんのは無し。
でも本人は気にした感じじゃないし、いいのかな。
「あの、それでですね、帽子屋さん。招かれたのでしたら、私はいつ墓守領に――」
すると帽子屋さんはティーカップを取り、微笑む。
「その話は後にしよう。それと私のことは『ブラッド』と呼ぶように。
では紅茶をいただこうか。君は……確か、『ナノ』と言ったな」


『ナノ』


いつか誰かがそう言った。

同じ顔、同じ声で。


「どうした?ナノという名前ではないのか?」
そう呼ばれ、自分がちょっとだけ固まっていたことに気づいた。
私は最大限の愛想笑いを浮かべ、
「え、ええとあの……帽子屋さん。そ、そうです。ナノです。あ、あははは」
帽子屋さんはいぶかしげに、
「だから硬くなるな。それにさっきも言ったように私のことは『ブラッド』でいい。敬語も不要だ」
なぜだろう。冷たい汗が額ににじむ。
「い、いえ、敬語を直すのはちょっと……何というか私のアイデンティティーに
関わります重大事です故に」
「ふむ。面白い子だ。そこまで言うのであれば強制はしないが。
紅茶が冷める。さあ、お嬢さん。飲みなさい」
帽子屋さんに言われた。けど、

「すみません、帽子屋さん。私、紅茶は嫌いなんです」

なぜか知らないけど、反射的に、そう言っていた。
「てめえ!ブラッドの紅茶が飲めないってのかよ!!」
帽子屋さんの後ろに控えていたエリオットが、先に不機嫌になる。帽子屋さんは、
「だが、以前会った君は紅茶を淹れ、飲んでいた。
よもや当屋敷の紅茶は、匂いの段階からお気に召さないと?」
口ぶりは変わらない。けど、微妙にチクッと刺してくる物を感じる。
「あ、いえ。えーとですね。あれから嗜好が変わりまして。
紅茶が嫌いになったんです。ええ、大嫌い!」
こういった言葉だけは、実にスラスラと出る。
そして帽子屋さんがティーカップから顔を上げる。彼は静かに私を見た。
「……っ!」
こちらがビクッとするほど冷たい瞳だった。
さっきまで上機嫌だったのに、今は微塵も暖かみを感じられない。
「やれやれ。乱暴な招き方だったとはいえ、嫌われたものだ。部屋に案内しよう」
そう言ってソファから立ち上がる。お茶会は終わりらしい。
「いえ、墓守領に帰りますよ。帰らせて下さい!」
けど帽子屋さんは素っ気なく、
「無理にお招きし、苦手な紅茶も勧めてしまった。
せめてもの詫びに、少しの間、当屋敷に滞在するといい」
そしてエリオットに、
「私は仕事に戻る。客人を部屋まで送るように」
と言い、私への興味を失ったかのように、背を向けた。

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