続き→ トップへ 小説目次へ

■帽子屋領に捕まる・下

「エースっ!」
銃を突きつけられているのも忘れ、振り返った。
「余所者君!」
息を切らしてそこにいたのは、間違いなくエースだった。
「その子を放せよ!」
すでに剣を抜き、殺気を放っている。臨戦態勢というやつだ。
「これはこれは。小さな騎士のご登場だな」
私にステッキをつきつけていた人が、面白そうに言った。
そして私も、振り向いたため、やっとその人を確認出来た。
薔薇つき帽子にちょっと変な服。顔があるので役持ちの人か。
帽子屋領の一番偉い人……かな?
だとすれば二つ名は『帽子屋』。名前は……えーと、なんだっけ。
そして、その人……帽子屋さんと目が合う。
私と目が合うと、その人は少しだけ目を細めた。

――……あれ?何か、この人、どこかで見たような……。

だけど自分の中でそれを追求する前に、別の人が言う。『人』……というかウサギ耳の
お兄さんだけど。
彼は、さっきまで私に銃をつきつけていたけど、今はエースの方に銃を向けている。
憎悪に満ちた声で、
「時計屋のところのガキか。ブラッド、撃っていいか?撃つぜ?」
……すっごく撃ちたそう。
「ダメ!ダメダメダメです!!」
私はガバッと、両手を広げ、ウサギの人の前に立ちはだかってしまった。

「余所者君!止めろよ!!」
いえ、私も別に、撃たれたいとかじゃあないですって。
時計屋さんの身内を撃たせるわけにいかない。その一心で、反射的に動いてました。
「エースを撃たないで下さい!彼は道に迷って屋敷に入り込んだだけ。
私はその彼を追って、ここに来ただけです!何も企んでません!」
声と膝が震えてますが、ンなこたぁ気にしない!!
けど私の勇気ある行動に、ウサギのお兄さんは、
「何か白けるよなあ、そういうことされると……」
何ですと!?そりゃ、今の構図は由緒正しき、善と悪のぶつかりあいですが!
「白けるから……撃つ!」
ああああっ!ンな理不尽な!!
「余所者君、逃げろ!」
すごい。エースってば、一瞬で私の前に走って、守るように剣を構えてる。
「俺のことはいいから、早く逃げろよ!!」
――そ、そんなお約束な!それにこれじゃあ、エースが犠牲になるじゃないですか!
どの面下げて時計屋さんの前に立てと言うんです。
恐怖と混乱で、私が動けずに居ると、

「銃を下ろせ、エリオット」
帽子屋さんがウサギ耳のお兄さんに言った。
あとウサギ耳のお兄さんは、エリオットという名前らしい。

「ええ!?でも時計屋のガキだぜ?撃っておいた方が……」
信じられない、という顔でウサギ耳のお兄さんは言う。
でも帽子屋さんは不快げに舌打ちし、
「少しは自分で物を考えろ。子を撃てば、親が黙ってはいない。奴らは領土をあげて
総攻撃を仕掛けてくるはずだ。
測量会も近い今、無意味に事を荒立てるのは、本意ではない」
すごいなあ、エース。
いえ、すごいのはバックにいるジェリコさんと時計屋さんかな?
あと『測量会』って何でしょう?生きて帰れたら、ジェリコさんに聞いてみよっと。
「子供扱いするなよ!俺は戦うぜ!」
……いえ、そういう問題じゃ無いですから、エース。剣を構えて威嚇しないの。
「でもよお、ブラッド……」
なおも言いよどむエリオットを帽子屋さんはにらみ――
「……ぐっ……!」
うわあ、痛そう。
帽子屋さんが、エリオットの腹にステッキをたたき込んだのだ。
「銃を下ろせと言ったはずだ、エリオット。犬なら命令に従え」
エリオットを見る帽子屋さんの目は、彼が私たちを見る目より、はるかに冷たい。
「す、すまねえ。ブラッド」
エリオットは、ちょっと耳を垂らしつつ、やっと銃を下ろした。
撃たれないらしいと分かり、ホーッと全身の力が抜ける。
そして帽子屋さんは苦しむ部下から私たち……いやエースに視線を向け、
「彼女を守ろうと飛び込んできた勇敢さに免じて、不法侵入には目をつぶろう。
だが次はない。冒険もほどほどにしなさい」
「…………」
うわー、敵の領土のお偉いさんにまで説教されてやんの。
エースったらふてくれされて、そっぽ向いちゃって。
これは帰り道でからかってやらないと!
「じゃ、じゃ、じゃあお騒がせしました……ほら、行きますよ、エース!」
愛想笑いをして頭を下げ、エースの手を引っ張って行こうとした。そのとき。

「誰が君まで見逃すと言った?」

帽子屋さんが、私に言った。

「え……?」
言われた意味が分からず、呆気にとられ、帽子屋さんを見る。でも先にエースが、
「余所者君を撃つのか!?
それとも、拷問にかけて、墓守領のことを聞き出すつもりか!?」
獣のような鋭さを取り戻したエースが、私の前で剣を構える。
けれど、帽子屋さんは、意に介さずパチッと指を鳴らした。
「うわっ!!」
どこに隠れていたのだろう。指の合図と同時に、斧を持った二人の男性があらわれ、
一瞬のうちにエースを地面に押さえつけていた。
「放せよ!!二人がかりなんて卑怯だぞ!!」
「放せと言われて放すわけがないだろう?子供は馬鹿だね」
「ボスの命令がなかったら、切り刻みたいところだけどね」
斧を持った二人組は笑う。
「エースっ!!」
私はこれまた反射的に、エースを助けるため、動こうとした。でも、
「行かせるかよ!」
私は私で、後ろから誰かに羽交い締めにされる。
いつ移動していたのだろう。エリオットだ。
「放して下さい!!」
「放せ!放せよっ!!」
私もエースは必死でもがくけど、大人の男性にはかなわない。
ついでに言うと、私とエースの周囲には、帽子屋領の構成員さんたちが、次々に
駆けつけてくる。全員が銃を構えて。
そして私の前に帽子屋さんが立った。
「『余所者』という言葉に、やっと君のことを思い出した。以前、会ったな」
「え?ええ?そ、そうでしたっけ?」
羽交い締めにされながら、キョドりつつ言う。
でも帽子屋さんは謎めいた笑みだけ浮かべ、
「君のことは忘れかけていたが、少しばかりの興味は残っている。
いい退屈しのぎにはなりそうだ」
帽子屋さんは、優雅に笑い、そしてエースに言う。

「帰って墓守頭に伝えるといい。
客人は、しばらく帽子屋屋敷に滞在することになった……とね」

4/5

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -