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■帽子屋領に捕まる・上

そして一時間帯後。

「エース!!どこですか、エースーっ!!」
私ナノは帽子屋領の街の中で必死に呼んでいた。
お休みだったのでエースと街に紅茶を買いに行って、なぜか帽子屋領に案内され……
そう、エースに逃げられたのである。

あのガキ、急ピッチで帰りたがる私にイラッとしたのか『紅茶を探してくる』と
言って私の手をふりほどき、止める間もなく走っていったのだ。
もちろん慌てて追いかけたけど、角を曲がった場所は折悪しく市場。
エースはすでに人ごみに紛れ、見えなくなっていた。
「エースっ!!」
人をかきわけ、必死に探した。しかし呼んでも返事はない。仕方なく道行く人に、
「あ、あの、子供を見かけませんでした?」
「知らないよ」
「剣を持ってる、茶色の髪で赤い瞳の……」
「うるせえ!」
うう……相変わらず人情味が薄い街です。
あとどうでもいいけど、品薄は本当なのか、露天にも商店にも紅茶が見当たらねえ。
あってもすっごい粗悪品くらい。ジェリコさんが良い紅茶を潤沢にお持ちだったのは
紅茶需要が低かったのと、領土自体が強かったせいなんだろうな。
この国に来た直後、ここで私が紅茶が買えたのは、単に運が良かっただけで。
「抗争だーっ!!」
そうそう、あのとき紅茶を買って、こんな感じに抗争が……。へ?
しかしポカンとする私と対照的に、市場の人たちは機敏に動き出していた。
目の前で手品のようにバタバタと露天をたたみ出す商人さん。
「早く!おうちに帰るわよ!!」
子供の手を引き、ダッシュで駆けていくお母さん。
「急げっ!!すぐに来るぞー!!」
「避難しろーっ!!抗争だーっ!!」
そしてあっという間に通りには、人っ子一人いなくなった。
「……て、私も逃げないと!!」
さすがにこの国に来た直後のように、ボケちゃあいない。
今は抗争の危険さをしっかり認識している。失うものだってある。
「で、でもエースを置いて逃げられませんよ!」
慌てて叫ぶ。
「エースっ!!どこですか!!帰りますよ!!」
両手を口に当て、必死に呼ぶけど、返事は無い。
「エースっ!!……ん?」
遠目だけど、通りの向こうにエースの後ろ姿が……!
「エース!そっちは領土の奥ですよ!!」
あの××、さらに迷い込もうとしてやがる。
私は彼を追って、ゴーストタウンのようになった街を走り出す。
そして背中のはるか後ろで銃声が聞こえ始めた……。

…………

そしてさらに一時間帯後。
「えーと、こっちの方ですよね」
ごめんなさい、時計屋さん。エースを完璧に見失いました。
現在、わたくし、どデカイ屋敷の真ん前にいます。
「うーん」
追ってきたつもりだけど、本当にここにエースがいるんだろうか。
ここらで一番大きなお屋敷、ということはここはマフィアの本拠だろう。
この場に留まるのは、あまりにも危険すぎる。
――ううう、超怖いです。エースがいなかったら逃げてるのに……。
しかし荒れたお屋敷だ。門の壁には銃痕、ひび割れている箇所もあった。
チラッと中を見るけど庭園も雑草がボウボウ。
まあさすがにお屋敷の方はきれいみたい。
でも庭園の手入れまでは、手が回らないのかもしれない。
あと、やはり紅茶の匂いの源はここらしい。かすかだけど、さっきより匂いが濃い。
まあさすがに今は、紅茶どころじゃあないですが。

「エース……?」
声も小さくなり、そっと門の中に呼びかける。もちろん返事は無い。
「街に戻ろうかな」
そういえば慌てて逃げてきて、どこが帽子屋領の抗争相手なのか見ていない。
もし抗争相手が墓守領の人たちなら。
「墓守の構成員さんと合流出来れば……」
敵地の人捜しなら、彼らの方が慣れているはずだ。よし、まずは街に――
「?」

そのとき後ろでガサッと音がした気がした。門の内側だ。

「エース?出てきて下さいよ」
再度呼びかけるが返事は無い。気のせいだったのかな。どうしよう、戻ろうか。
でも、今のが本当にエースだったら……。
「…………」
確認するだけしよう。その後、急いで脱出して構成員さんと合流だ。
私はそう決めると、大きな門をすーっとくぐった。

屋敷の敷地内はひっそりと静まりかえっていた。
「……エース、帰りますよ?」
しかし、エースの返事はない。
――まさか、奥に行ったんじゃ……。
周りを確認しいしい、歩き出す。しかしエースどころか人の気配さえ無い。
――それと紅茶の匂い、あっちから強くなってきますね。
もともと、私はエースと紅茶を探しに街に来た。
彼が、紅茶を探し、匂いのする方角に行った可能性はある。
「よし……誰も居ないうちに……」
と、一歩踏み出そうとして、

「誰も居ないうちに、屋敷に潜入するつもりだったか?」

首筋に何かを突きつけられた。

ヒヤリとする。銃では無い。何かステッキのようなもの。
振り向けない。
もちろん声はエースでは無い。

「『墓守の構成員と合流する』。この女は確かにそう言ってたぜ。
間違いなく、墓守領の関係者だ」

別の声がした。そして私の側頭部に金属質のものを押しつけられる。
金属質のものは冷たくない。
逆に熱さえ残っている。さぞ連射された後なのだろう。
銃だ。銃が私の頭に突きつけられている。

「余所者か。それにしても素人の女にしか見えないが……。
それで我々の手が鈍ると思われたのなら、大したあなどられようだ」
最初の声が、苛立たしげに、でもどこかダルそうに言う。
ステッキは引いたのか首筋への圧迫感は失せたが、頭に突きつけられた銃はそのまま。
「本当に素人の女なら、帽子屋屋敷にノコノコ迷い込むかよ!で、どうする?」
「もちろん、墓守の情報を吐かせる」
どんどん不穏な方向に進んでいく会話に、私は、
「え?え?あ、あの……わ、私、情報なんて何も、ないと、思うんですが……」
声も身体も全身がガクガクしている。
けど銃をつきつけた男が、楽しそうに言う。
「なけりゃないで、そのときは、×××させて××××××して、××××して、
墓地に放り込むだけだ。運が良けりゃあ、生きてるかもな……虫の息だろうが」
二番目の男性の、残酷な笑いが聞こえた。
ああ。敵対領土の人間への、見せしめって奴ですか。
マフィアって怖いなあ。あ、あははは……。

「ちょっと待ってくれよ!!」

そのとき、エースの声が聞こえた。

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