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■エースとお散歩・下

その後、美術館でのチケットモギりの仕事を終え、ナノさんはトボトボと居住
スペースに向かっていた。

紅茶を失った失意もあったんだろう。
お仕事ではボーッとしまくりで、優しい館員さんからも、ちょっとキツ目の注意を
いただくほどだった。ナノさん、超絶無能です。
「紅茶、紅茶、紅茶……」
危ないお薬が切れた人のごとく、私は虚ろな目で館内をさまよった。
紅茶は、まだ食堂で注文出来るらしい……しかし、私は前科があるため、紅茶がもらえない。
何とか分けてもらおうとしたけど、
『ちょ、ちょっとナノ!この紅茶、私のだからね!』
『君は普段から、紅茶を飲みまくっていたじゃないか!』
数少ない紅茶派の職員さんたちは、私からティーカップを隠すため、必死の形相だった。
ううう。世間の風はかくも冷たいものか。
「……ねえ」
声をかけられた気がした。けど、糸の切れた人形のごとく歩く。
「紅茶……ああ、紅茶が飲みたいです……カフェイン……」
街にも無いと言ってたけど、本当だろうか。
この後はお休みだし、ちょっと探しに行ってみようかな。
ただ、このあたりの地理はほとんど分からない。出不精が祟ったなあ。
「ちょっと、余所者君!」
「うわっ!!」
腕を無遠慮に引っ張られ、現実に戻ってくる。
振り返ると、茶色い髪に赤い瞳。エースがいた。

彼は私の腕をつかみ、睨みつけてくる。
「エース?何かご用ですか?」
「ええとさ……」
私から目をそらし、エースは何か言いたそうにしている。
「その……君さ、この間、ユリウスの部屋に来たとき……」
「え?時計屋さんが何か?」
まさか文句を言いに来たとか?あのとき何か粗相したっけかなあ。
考えていると、エースがさらにボソボソした声で、
「き、君……あのとき、泣いて……だから……その……」
聞き取りにくいなあ。
「は?すみません、大きな声でもう一度――」
「い、いや、何でもない!何でもないよ!」
なぜかキレられました。結局何を言ってたか、全く聞こえなかったですよ。

そしてエースは顔を上げ、全く別のことを言った。
「これから、どこに行くんだよ」
「お休みなので、紅茶を探しに街に行きます」
「そっか……なら、俺もついて行ってやるよ」
「そうですか。ではいってきま…………はあ?」
言われた言葉が信じられず、まじまじとエースを見ると、彼は顔を赤くして、
「か、勘違いしないでくれよ!余所者君は街のこと、詳しくないだろう?
墓守頭さんにも!君のことを気にするよう、言われたし!」
ああ、なるほど。ジェリコさんか。
「そうですか。どうもありがとう、エース」
笑いかけると、エースは顔を赤くして、プイッと横を向く。可愛くない。
でも、何だかんだでジェリコさんにご心配をおかけしてる。
私は完全に大人じゃないと思うけど、子供でもない。もっとしっかりしないといけませんね。
「それじゃ、街に行くんだろう?モタモタしないでくれよ?」
エースはフンッと鼻をならし、さっさと先に立って歩き出す。
「ええ。お願いしますね」
笑って、後についていく。
とにかく道案内があるのはありがたい。

…………なんでしょう。

私の中の何かが、激しい警鐘を鳴らしている。
でもエースは墓守領の人間で、当然、墓守領に詳しい。
道案内をお願いするという判断に、間違いは無いはずだ。
そう考え直すと、ドンドン先に歩いて行くエースを追いかけた。

……間違いは無いはず、ですよね?

…………

…………

ン時間帯後、確かに私たちは街にいた。
「エース。ここはどこですか?」
街の一角に立ち尽くし、呆然と私は言った。
「え?墓守領の街だろ?」
「いえ、どう見たって違いますよね」
「はあ?どう見たって墓守領だろ?」
いや、違いますよ。雰囲気が完全に。
……何というか街が荒れている。
時間帯経過による再生が追いつかないほど、街のあちこちが破壊されていた。
もちろん抗争の傷跡は墓守領にだってあった。
けど、今いるここよりはひどくない。
何より墓守領に比べ、街の人に活気が無い。疲れていて、ちょっとイライラしてる感じ。
――待てよ。前にも確か、こんな感じの街を見たような……。
「ここってもしかして……」
そして恐ろしい予感に戦慄した。
「エース、すぐに帰りますよ!」
「え?余所者君、紅茶を探しに来たんだろう?」
ムッとした様子で言う。でも構っていられない。
「ここは余所の領土です!長居すれば危ないですよ!」
エースは役持ちの時計屋さんに養われていた。下手すれば私よりエースの方が危ない。
「大丈夫だって!紅茶を探そうよ!」
緊張感の欠片もない。
「エース。本当に大変なとなんですよ、見つからないうちに早く!」
嫌がるエースの腕を無理矢理引っ張って帰ろうとしたとき、
「ん……?」

紅茶の香りが、かすかに匂った、気がした。
振り向くと、遠目に大きなお屋敷が見える。
匂いの源はあそこ
だろうか……いや、今はそれどころじゃない。

早く帰らないと。私の家、墓守領に。

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