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■エースとお散歩・上

自室に正座し、紅茶を飲む。これに勝る至福のひとときがあろうか。
「ん〜♪ん〜♪」
ブレンド742号はクオリティ・シーズンのダージリンのブレンド。
グリニッシュでオーソドックスな芳香が混ざり合い、飲みやすくも上品な味わいと
なっている。それをナノさんブレンドノートに書きつけると、パタンとノートを
閉じて、またカップを一口。
「さて。次はどんなブレンドにしますかね」
飲み終わり、満足してカップを受け皿に置く。
そして、とりあえずダージリンの茶缶を取り……
「あらら」
空っぽ。仕方なく、ウバの缶に変え、
「まあ」
こちらも空っぽ。しからばと、アッサムの袋を取り、
「おやおや」
同じく空っぽ。かくなる上はと、キャンディ、キーマン、各種ナノさんブレンドの
紅茶袋を持ち、
「…………」
全てが空。あとはもう、私がこの国に来たとき持っていた紅茶袋しか残ってない。
「ん〜」
あれは止めておきますか。いちおう大事な品だ。
「仕方ないですね」
立ち上がると、私は部屋の出口に向かって歩き出した。

…………

私はナノ。余所者で、別の国からダイヤの国に引っ越してきたらしいです。
記憶喪失である私の、唯一の特技は紅茶を淹れること。あと珈琲とエースは大嫌い。
銀髪さんこと、ナイトメアという変な知り合いがいます。が、彼とはなぜか夢の中でしか会えません。

この国に来て、記憶喪失で困っていた私は、墓守頭で美術館館長でマフィアのボスの
ジェリコさんに拾われました。
そして住む場所と仕事をお世話していただき、今に至ります。
いちおうマフィアの領土のはずですが、生活は平和そのもの。皆さん優しく、何不自由ありません。
私は目的もなく、かといって記憶が回復する見込みもないまま、今の今まで紅茶を飲んで生活をしてました。

そう。今の今までは……。

…………

そして、墓守領の館員用食堂に私は来ていました。
厨房の入り口を開け、振り向いた顔見知りの料理人さんに、
「すみません!ナノです!紅茶わけてください!」
「お断りだ」
バタン!そして目の前で扉が閉まる。
「…………」
しくしくしく。扉前でくずおれ、冷遇にナノさん泣く。
「そりゃ、来るたびに紅茶をタカってたらなあ……」
食事を取っていた構成員のお兄さんたちが、苦笑する声が聞こえた。
「うう、お金を払いますから〜」
開かない厨房の扉をガリガリひっかいていると、
「食堂の紅茶はほとんど残ってないぜ」
なじみのある声が聞こえ、私はピクッと顔を上げ、振り向いた。
「ジェリコさん。その話は本当ですか」
カツカレーをかきこみながら、館長服姿のジェリコさんが笑っていた。
「ああ。誰かさんのせいで、紅茶の在庫がほとんどゼロになったからな。
あとは非常時の備蓄用くらいだろう」
うわ、食堂の人たちまでがくすくす笑いだしおった!
「で、でも私が分捕……お借りした分は、補充の発注をかけたんでしょう?
そろそろ納品された頃じゃないんですか?」
「ん?何で発注のことを知ってるんだ?」
ジェリコさんの穏やかな目が、不思議そうに開かれる。でもすぐに独り言のように、
「まあ、無くなれば発注をかけるのは当然か……」
そして私に、
「いちおうかけたが、ほとんどが未納なんだ。向こうにも在庫がないらしい」
「ええ!!」
じゃあ街に買いに行くしかないのか。けどジェリコさんは読んだように、
「ここだけじゃなく、街……いや他の領土も少ないだろうな。元々品薄気味だったが、
抗争が加速したせいで、流通が滞っているんだ」
「い、いえ、でも、あることはあるんでしょう?」
街から紅茶が消えるなんて!
「もちろん売ってるだろうな。だが品不足なら、当然、値段は高騰する。
今はもう、平時の何倍かになっているはずだ」
「えええ!!」
愕然とした。
つい一時間帯前まで好きに飲んでいた紅茶が、もう飲めないかもしれないなんて。
「た、大変です!私はどうやって生きていけばいいんですか!!」
『我慢しろ!』
ジェリコさんどころか、食堂のかなりの人たちからツッコミをいただいた。
「あうう……」
この世の終わりとばかりにうなだれ、食堂を出ようとすると、
「ナノ」
「はい?ジェリコさん?」
振り向くと、ジェリコさんが真剣な顔で、
「紅茶が無いからって、他の領土に行くなよ。
さっきも言った通り、品薄はどこも同じだ」
「え?はあ……」
「約束しろ。絶対に行くなよ!」
「は、はあ、お、お約束します……」
やけに強く念押しされ、うなずくしかなかった。
まあ抗争がありますしね。実際にこの目で見てるし、外が危険なのはよく分かる。
行くわけないのに、ジェリコさんも心配性だなあ。

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