続き→ トップへ 小説目次へ

■墓守領のテント野郎・下

「あの子も変な奴に目をつけられたもんだ」
ジェリコさんの困ったような声は、まだ続く。
『あの子』って誰だろう。やっぱりエースかな?ちょっと分からない。
「ボス。どうしますか?何らかの対策か、警護を――」
「いや、まだ様子を見る。その気になれば、いくらでも調べられるものを、あえて
そうしない。ということは、今は軽く探りを入れる程度の興味なんだろう」
ジェリコさんの声だ。すぐに構成員さんが答えて、
「そうですね。確かに、あれ以上踏み込んだ情報収集の動きは、まだありません」
「だろうな。なら、このまま情報を絶ち、向こうの興味が失せるのを待つしかない。
幸い、あの子はあまり部屋から動かない。これ以上、余計な情報は出すな」
『はい!』
構成員さんたちがビシッと声をそろえるのが聞こえた。
――何の話をしているんでしょう?
聞いちゃいけない話なのかなあ。でも『あの子』って本当に誰なんだろう。
エースかと思ったけど『部屋から動かない』なんてことはないから、多分違う。
あ。ユリウスさんかな。いやいや、『あの子』なんて人じゃあない。なら……
「ちょっと、余所者君!」
「わっ!」
考え事をしていたら、真横から揺すられ、驚いた。
見ると、横に寝そべっていたエースが、私の身体に手をかけ、睨んでいる。
「まだ話の途中だぜ?ちゃんと聞いてくれよ」
いえ聞いても何も、キャンプとか旅とか、興味ありませんって。
私は永久に、部屋から動かないで紅茶を淹れていたいです。
「エース。私はそろそろ行きますね。本当にお腹ぺこぺこなんで」
「ちょっと待てよ!」
「うわっ!!」
出て行く私に、エースがまた手首を引っ張ってくる。こちらも起き上がりかけた
バランスの悪い体勢だったため、シートに背中をぶつけてしまう。
「痛い……エース!悪ふざけは……!」
「何だよ。俺が悪いって言うの?」
えー、けんか腰とは理不尽な。
「エース。本当に怒りますよ!」
し、しかし力で押しのけようにも、エースはかなり力が強い。
……ちょっ……狭いんだから、押さえつけないで……!
そして外からジェリコさんの怒った声がする。どうやらテントに気づいたらしい。
「おい!何なんだ、このテントは!」
「あー、また坊ちゃんですか」
構成員さんの困ったような声。『坊ちゃん』……?
しかし、私はジェリコさんに気づかれたことに焦って、出て行こうとする。
「離してください、エース!」
「ちょっと待てよ、余所者君……!」
何か意地になってきてるなあ。
「止め……狭いんですから……!」
これ以上暴れたら、彼があれだけ自慢していたテントをビリビリにしてしまいそうだ。
「よし!逃げるなよ……!」
ナノさんがそんな大人の配慮をしているというのに、エースはこれ幸いとばかりに
こちらを押さえつけてくる。調子に乗らないで下さい、悪ガキ!
そしてついにテントの入り口の布が上げられ、ジェリコさんの顔がのぞく。
「おい、エース!屋内にテントは――」
あ、マフィア姿だ。いや、どうでもいい。ジェリコさんの声が止まった。
「坊ちゃん。俺たちが片付けますから――」
その後ろから顔をのぞかせた構成員さん。彼の声も止まる。
どうしたんだろう。皆さん、驚いた顔をしている。
そして、さっき誰も来なかった穴埋めのように、
「はー、腹減ったぁ……」
「あれ?館長、どうしたんです?」
「やだ、何、このテント!」
エントランスに、ぞろぞろと靴音。人の気配が増えてきた。
どうも一斉に休憩時間に入ったらしい。
「あれ?館長!どうしたんですか?驚いた顔しちゃって。中に何かあるんですか?」
「い、いや、ちょっと皆待て!こ、これは……!」
ジェリコさんの慌てる声。なぜか背中でかばうように中を見せまいとし出した。
「何々?何を隠してるんですか?」
「見せて下さいよ、頭ぁー」
「ちょっと待て、おまえら……!」
そしてジェリコさんが必死にかばう隙間から、皆さんの興味津々な顔がのぞき――

「うわー、こんなところで大胆!」
「いやこれ、犯罪じゃないの?」
「でも無理矢理って感じじゃないし……」
何か皆が、一斉に騒ぎ出した。キャー、という嬉しそうな声まで聞こえる。
「合意ならいいんじゃねえか?」
「そうよね。ねえナノ、合意なの?」
声をかけられ、『はあ?』と、私は自分の体勢を確認する。今の私の格好は……。

狭いテント内でエースと争い、服と髪は若干乱れている。
暴れた際に外れたのか、上着のボタンもいくつか外れ、肌がちょっとのぞいて。
私を逃がすまいとしたエースが、私の上に馬乗りになり、四肢を押さえつけていて。

…………えーと。

「ええと、あの……」
皆さんの視線を受け、だらだらと汗が出てくる。
「余所者君、いい?続きをするぜ?」
ちょ……エース!空気を読んで下さい!あと、言葉を省略しないで下さい!
『続き』を、ではなく『話の続き』でしょう!
しかしすでに遅く、
「ま、まあ。合意なら俺としては文句は言わねえが……。エース。おまえは子供だし
こういうことは、いちおう保護者に許可を取った方がいいんじゃねえか?」
困り果てたようなジェリコさんの声。
「いえ!何を勘違いされてるか存じませんが、とにかく違うんです!ジェリコさん!」
私の発言は若干、錯乱気味。
相変わらず身体を押しつけられながら、必死に叫んだとき、

「おい!エース!勝手にこんなところにテントを――」

「あ、ユリウスー!」
嬉しそうなエースの声。

そして私は、ジェリコさんの背後に新しい物を見てしまう。

テント内を不機嫌そうにのぞきこむユリウスさん。
彼の顔が完全に凍りつく瞬間を。

3/5

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -