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■墓守領のテント野郎・上

居住スペースにある広い食堂には、休憩中の美術館職員さんやら、構成員さんやらが
いて、それぞれに食事を取っていらっしゃいます。
しかし、紅茶事件を知っているのか、私を見て、ちょっと笑ってました。
「どうもすみませんでしたぁーっ!!」
そんな私ナノは今、平身低頭で謝りつつ、厨房から出ました。
そうです。紅茶を盗……いえ、マジでそういうつもりはないです。
お借り『しすぎた』ことを謝ってきました。
でも、騒ぎが大きかったというから、雷でも落とされるかと思いましたが、わりかし
スムーズに終わりました。ジェリコさんが、ついていてくれたせいかもしれません。
『あの手際は見事だったよ』とか苦笑いされ、放免していただきました。

「さて……」
あいさつする食堂の部下たちに、適度にうなずきつつ、ジェリコさんが頭をかく。
「思ったより怒ってなくて、良かったな。まあ、うちは珈琲派が多い。
紅茶はむしろ余りすぎて、困ってたらしいって事情もあるんだろうが……」
この方にも本当にご迷惑をおかけしてしまった。私は深々と頭を下げ、
「はい、ありがとうございました!それではしばらくお部屋で謹慎しています!」
……と身をひるがえそうとして、
「待て。用事はこれからだろう」
「ぐえ!」
襟首つかんで止められた!乙女への態度ではない!
でもジェリコさんは私をずるずると引き寄せ、今しがた謝っていた厨房の方に、
「カレーライス、大盛り二人分頼む!」
と、注文していました。
そういえば一緒にご飯食べるって言ってたっけ。
あとジェリコさんからの『処分』決定も残ってる。
やっぱり追い出されるのかなあ。胃が痛くなってきました。
そんな、勝手に顔を青くする私を見ながらジェリコさんは、
「じゃあ、どこで働くか、一緒に決めようぜ」
と暖かく笑った。

……え?働く?

…………

美術館の正面玄関は人でごった返している。
「お越しいただき、ありがとうございます。楽しんでいって下さいー!」
私はニコニコしながらチケットを切る。半券を切る!切りまくる!
「ナノ、慣れてきたみたいだね」
お客様が途切れたとき、先輩の美術館員さんが微笑んでくれた。
「え。ええまあ、どうにか……」
このチケットのモギリが、ジェリコさんに決めていただいた私のお仕事です。
もちろんお給料から紅茶代はさっ引かれますが、お給料全額ではないです。
ある程度は残してもらえるとのこと。
で、また紅茶が欲しくなったとき、そっちを使って買うのは自由だそうです。
「それじゃあ、交代だから、ちゃんと食堂に食べに行ってね」
「あ、あははは……」
あと、食堂で三食ちゃんとご飯を取ることも『領主命令』。
それは周囲の部下さんたちにも伝えてあるのか、こうして交代時などに、食事に
行くよう促される。おかげでナノさんもまた健康になりました。
ジェリコさんの采配すげえ!
――…………。
何だか自分がすっごいダメダメ人間に思えてきた。
「ナノ?」
「あ、は、はい!ではよろしくお願いします!」
「ああ。それと、君はこれで上がっていいから。またよろしく」
「はい!」
何とまあ、そんなに時間帯が経っていたのか。働いてるとあっという間です。
先輩の館員さんに頭を下げ、職場を後にしました。

「お腹すきました〜」
食堂に向かう足取りは軽い。夕食はパスタにしようか、カレーライスもいいなあ。
いやいや、料理人さんに『栄養満点!お野菜たっぷり定食』という健康メニューを
強いられるかもしれない。紅茶事件以来、あの人たちには頭が上がらないのである。
「〜♪〜♪」
鼻歌を歌いつつ、食堂まっしぐら。
エントランスのテントを迂回して食堂へ!

…………テント?

足を止める。振り向く。

テント。緑のテントがモノクロのエントランスのど真ん中にあった。
ぐるっと一回りして見たが、360度どこから見ても、間違いなくテントである。

何ぞこれ。何ぞこれ。

ほどなくして、私の明晰な頭脳は答えを導く。
――ああ、あれですか。美術館の新しい展示品か。
そうかそうか、それなら納得です。
わたくし、腕組みしてうなずく。

しかし、ここはすでに美術館ではなく、居住スペース。
スルーしてはならない猛烈な違和感を覚えるが、私は空腹だ。
一刻も早く食堂へ行きたい。
何としても、この異常事態をスルーしきってみせる。

「ンもう、ジェリコさんったら!くそ邪魔ですよ!
展示品をこんなところに広げるなんて、困っちゃいますね☆」
誰も聞いてる者がいないのに、一人できゃぴっと笑い、スキップしつつ、テント横を
通り過ぎる。よし、通り過ぎた!後は誰に何か聞かれても『えー!知らないですよ。
てっきり新しい展示品かと。私、余所者でここに慣れてないからあ〜』とか反応!
うん!ナノさん最高!超頭脳!ここでは何も異常なことは起こらなかった!

「あれ?今の声……もしかして余所者君?」

……後ろから何か聞こえたが、聞こえてない!断じて聞こえてない。

「ちょっと!無視しないでくれよ!」
服のすそを引っ張られ、それ以上の前進がかなわなくなった。
振り向くと、テントの中から見覚えのある顔がのぞいていた。
そして彼は私の服の裾から手を離さず『誰でもいいから自慢したくて仕方ない』的な笑顔で、

「本当は嫌だけど、俺の新しいテントを見せてやってもいいよ?」

――あー、もう!今日は厄日ですよ!

いえ、日付の概念のない世界でしたか。
くっそ!

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