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■墓守領の紅茶娘・下

「別にいいじゃないですか。ご迷惑はかけてませんよ?」
じたばたしながら、ジェリコさんに抗議してみた。すると、
「家主に心配をかけない生活を送るのも、居候の義務だろう」
「え……はあ?」
「食堂の料理人に確認したが、三食どころか、数えるくらいしか、食堂に食べに来ていないそうだな」
ううう!きちんと確認をとるとか!この世界の住人なのに、しっかりしている!
「い、いえ動けなくなる直前には、食べに行ってますよ!」
すると、げんなりしたご様子の、ジェリコさんの声。
「あのなあ、そのうち本当に倒れるぞ?墓守領の領主は客にろくに飯も食わせない、
なんて評判が立っちゃ俺だって困るんだよ」
うう、お父さんですか、この方!
もう少し放任主義でいいじゃないですか!
そしてジェリコさんの声のトーンが一段階下がる。
「それと……迷惑だって、ちゃんとかけられてるぜ?」
「え?」
するとジェリコさん、私を引きずったまま、顔を近づけ、低くささやく。
「ナノ。部屋にあったあの大量の紅茶……どこから持ち出した?」

や、ヤバイ。冷や汗がドッと出る。
しかし話をそらそうにも、ジェリコさんの目はあまりに怖かった。
「え、ええとですね……つい先頃、食堂の方に、少し紅茶をわけてほしいとお願いを
しまして。そうしたら快く許可をいただけまして、それで……」
そう、手持ちや部屋の備品の紅茶を使い切り、どうしても新しい紅茶が欲しかった。
それで……ちょっと図々しくなってしまった。
ジェリコさんはしばらく沈黙してたけど、やがて静かに、

「俺が受けた報告では、棚から非常用の在庫から、別の場所に置いてあった接待用の
上級品から、全ての紅茶がごっそり消えていたそうだ」

ジェリコさんの声はますます低い。
「あ、あははは……」
い、いや、ご遠慮して数袋にしようと思ったんだけど……その……もちろん盗む気は
さらさら無くて、後でちゃんと返すつもりで……。
「半端じゃない量だったから、最初は対抗勢力の侵入かと大騒ぎになった。
そして人員を割き、痕跡を探し、おまえにたどりついたわけだ」
また沈黙。どうもお怒りを抑えているらしい。
「『紅茶を分けてもらう』のと、『紅茶を全部持って行く』のはまるで違う。
子供じゃないおまえなら、俺がどれだけ怒っているかは……分かるな?」
「す、すみません!すみません!……出来心なんですっ!どうかお許しを!!」
引きずられながら、平謝り。
「ダメだ。まず食堂に謝りに行くぞ!!処分はその後で、領主の俺が決める」
「あうう……」
まあ、確かに多大なご迷惑をかけてしまった。倫理的にも問題がありすぎるし。
でも何て言うか、あのときは紅茶しか目に入らなくて。
罪人の気分というか、実際に罪人な私は、深く落ち込んだのでした。
……しかし、何か前にも同じ事があったような……んー、思い出せないな。

でもジェリコさんの処分って何なんだろう。まさか撃たれはしないと思うけど。
――墓守領から追放される……?
それならありそうだ。しかしそう思うと、なぜか急に気分が沈んでいく。
最初は滞在を拒んだ場所。だけど、それなりに暮らしていると愛着もわいてくる。
じわじわこみ上がる罪悪感と、居場所を失う苦痛に、胃がキリキリ痛んできた。
そのとき、やけに元気な声がした。
「あ、墓守頭さん!それと余所者君!」
忘れようにも忘れられない、この声は……。
「ユリウスさん!」
廊下の向こう側からやってきたのはユリウスさんだ。エースも連れている。
「よう、おまえも苦労してるな、ユリウス」
私を引っ張るジェリコさんが、笑って声をかけた。
「…………」
ユリウスさんは無言。不機嫌の極み、という顔だ。
――ユリウスさん……。
会えて嬉しかったから、ごあいさつしたかった。
けど、ジェリコさんが声をかけてダメなら、私も無視されるだろうな。
いったい何があったのか、ユリウスさんは無表情でエースの襟首をつかみ、ズルズル
引きずっている。
対する私もジェリコさんに手首をつかまれ、廊下をずるずる引きずられている。
そして、すれ違う瞬間、私とエースの視線が合った。

「…………」
私は礼儀正しく、無言でエースに中指を立てた。
「…………」
エースも同じく無言で親指を立て、それをスッと下に向ける。

『……×すっ!』

互いの性別や歳など頭からすっ飛び、私たちは互いに敵を倒すべく、飛びかかろうとした。
……で、思いっきり手首を引っ張って止められました。

「どうどう、ナノ、落ち着け!!大人しくしてろ!」
「よさないか、エース!女相手にみっともない!」
……互いに保護者に頭をはたかれ、さっさと戦闘行動をあきらめる。
そして私たちはにらみ合ったまま、ずるずると別々の方向へ連れて行かれた。
「あのガキ……いつか必ず倒します!」
去って行く背中に、ファイティング・ポーズを取っていると、
「友達も出来たみたいだな。ここに高速でなじんでくれて、嬉しいぜ……」
疲れたようなジェリコさんの声だけが、廊下に響いたのでした。

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