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■ダージリンでお茶会を

久しぶりに外で行うお茶会は、本格的なものだった。
時は夜。空には満天の星が輝き、屋敷は色とりどりの灯りに照らされている。

いつもの場所に設置されたテーブルには選りすぐりの茶器が置かれ、ケーキテーブル
にはあらゆる(オレンジ色の)菓子が並んでいた。
プロの紅茶職人が紅茶を淹れる手つきたるや芸術の世界だった。

そして、手間暇かかる準備をしてくれた使用人さんたちが去ると、ブラッドに謹慎の
解けたエリオット、双子といったおなじみのメンバーが残った。
「さあ、飲んでくれ。お嬢さんが手に入れてくれた紅茶だ」
「いただきまーす!」
お茶会は始まった。

……が、エリオットは高価な紅茶を、豪快に一気飲みしてオレンジの国へ。
双子は紅茶にちょっと口をつけただけですぐ食べ物にフォークを刺し始めた。
――全く……。
私は少し呆れ、ゆっくりとカップを持ち上げる。
セカンドフラッシュより少し色鮮やかな琥珀を思わせる淡いオレンジ。
鼻を近づけるとあのマスカットと、そして花の香りが鼻腔を楽しませる。
口をつけてそっと一口含む。
あの特有の渋みと強いコク。唾液と混じって変性するのでなければ口の中でずっと味わっていたかった。
もちろんそうせずに飲み込むと、キレ良く余韻を残さない。
もう一口と、口に含むと、こちらを見るブラッドと目が合った。
彼もまた同じように、食べ物には手をつけずダージリンのファーストフラッシュを一心に味わっていた。
そして私が自分と同じ事を考えていると分かったのだろうか。
とても嬉しそうだった。
月が端正なブラッドを照らし出す。
紅茶は美味しい。
そして美味しい物を分かち合える人がいる。
それが嬉しい。
とても嬉しい。
そうお互いにそう思える関係であることが嬉しい。

……と思っていたらブラッドは別のことを言い出した。
「ナノ。やはり、君と二人でお茶会をすべきだったな」
私にだけ聞こえるような小声で。
「紅茶を飲む君の美しさを、私だけが独占していたかった」
「は?」
素っ頓狂な返答をしてしまう。

こんな大事な席で変な冗談を言わないでほしい。
典型的な大和民族の顔立ちで、男性のブラッドに比べても絶対に劣るのに。
「君が危険に身を投じたことに腹が立ったのは確かだが、同時にとても嬉しかった。
私が、君にとって命の危険を犯す価値のある存在だと分かって」
「……? あなたのために命の危険を犯す部下はたくさんいるでしょう?」
向かいでオレンジ色の菓子をばくばく食っているエリオットなどその代表格だ。

「いいや。君だ。代えの利かない君であることが重要だ。
この世界の者は君に重きを置かずにいられないからな。
だから君が私を見てくれたことがとても嬉しいんだ」

「……?」
ダージリンが美味しすぎてブラッドが酩酊状態になったのではないかと思えてきた。
紅茶にアルコールは入っていないが、マニアも度が過ぎると、嗜好する対象に対して
覚醒剤に似た脳内物質が分泌されると聞いたことがある。
「ブラッド。口直しに他の紅茶を飲みませんか?
ほら、こっちのポットはアッサムとのブレンドで、こっちはショコラのフレーバー。
あ、ミルクティー淹れてもらいましょうか」

「まさか私が余所者にな。面倒な厄介ごとはごめんだと思っていたのだが……」
ブラッドは私の言葉など聞いていないように、でも私を見つめていた。
エリオットは相変わらずキャロットケーキを食べ、双子もオレンジの菓子に難癖をつけながら食べてばかりいる。
ブラッドと私はただ紅茶を飲んで見つめあっていた。

……というわけで、何が何だかよく分からないけど、とりあえずブラッドが紅茶に大満足したことは確かだ。

――これで、心置きなく帽子屋屋敷を出ることが出来ますね。

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