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■墓守領の人たち・下

少年は赤い瞳に私をとらえると、爽やかに笑い、
「やあ、久しぶり!生きてたんだね!」
笑顔で、とんでもないことを言い、元気に走ってやってきた。
間違いない。昨晩、墓地で出会った、あの少年剣士だった。
「ゲッ……」
私は斬られかけた記憶が蘇り、小さく声をもらす。
すると爽やかな笑顔だった少年は、すぐにムッとした顔になり、
「何だよ。いきなり、その態度。感じ悪いぜ?」
待て。昨晩、私を無き者にしようとしたのは、どこのどいつだ。
「あなたこそ!前の晩はよくも……!」
売り言葉に買い言葉。私はジェリコさんの手をふりほどき、少年につめよった。
でも少年はフンッと鼻をならす。
「何?俺が悪いって言いたいの?
あんな場所で紅茶を飲んでたら、普通は怪しいと思うだろ?」
うわ、逆ギレですよ。最悪!
「だからって!話もほとんど聞かず、人を斬ろうとか――!」
「君こそ――!」
「こらこら。止めろ、おまえたち!」
言い合い、いや、つかみ合いになりかけたとき、ジェリコさんが間に割って入った。
私と少年を、どうどうとなだめながら、
「エース。この子はこれから、ここに住むんだ。居候同士、仲良くしろよ」
『はあ!?』
声は私と少年、両方から同時に出た。

あと少年はエースという名前らしい。
聞き覚えがある気がするけど……よくある名前だし、きっと気のせいですね。

とにかく、滞在の話はご遠慮させていただかないと。
「あの、ご厚意はありがたいですが、私は行くところがありますので」
「そうだよ!行かせてあげればいいじゃないか!」
……他人から言われると、不愉快な気分になりますな。
しかし親切そうなジェリコさんは、私が出て行くことに、首を縦に振ってくれない。
「ダメだ。今はどこも物騒だっていうのに、行くアテのない若い娘を放り出せるか」
「い、行くアテならありますよ!」
ムキになって言う。
……でも、あの銀髪さんはもう森にいない。
そんな確信が、なぜか自分の中にある。
けど、だからと言って、見知らぬ方に、いつまでもお世話になるわけにはいかない。
「そうだよ、墓守頭さん。出て行きたいって言うんだから、追い出せば!
何か、この子にこだわるよね。あ、もしかして、そういう趣味でもあるの!?」
少年がジェリコさんに意地悪く言う。
でも大人なジェリコさんはもちろん挑発には乗らず、顔をしかめて少年に、
「エース。女にはもう少し丁寧な態度を取れよ。もてねえぞ」
「あははっ。大丈夫だよ。俺、墓守頭さんと違って、趣味良いから!」
よし、把握した。こいつは敵だ。私の宿敵だ!
「あー、ナノ。悪いな。ちょっとガキで、しつけが行き届いてなくてよ」
「い、痛っ!何するんだよ、墓守頭さん!」
ジェリコさんは、申し訳無さそうに、少年の頭を拳でぐりぐりしつつ、また少年に、
「この子は余所者で、記憶喪失なんだ。な?フラフラさせられねえだろ?」
「えー?記憶喪失?どうせ口から出任せだよ!
墓守頭さんの気を引いて、この領土にちゃっかり入り込んで、内情を――」
少年はまだ疑わしげだ。何かとことん嫌われたらしい。
しかし嫌われれば嫌うのが、醜い人のサガ。
のんびりナノさんも、笑顔ではいられない。
「やはり、おいとまさせていただきますね。疑われてるみたいですし」
私はニコニコと、断固たる口調で言った。
行くアテがあろうと無かろうと知ったことか。
相性の悪い人間と、同じ空間に住む。これに勝る苦痛があろうか。
「あ!おい!ちょっと待てよ!!今は本当に危ないんだ!抗争沙汰が多くて――」
ジェリコさんが止めに入るけど、少年が暴れるので、それを抑えるのが手一杯。

会って間もないけど、この人は多分信用出来る。そんな気がする。
危ないというのも嘘では無いんだろう。
現に最初についた街で、すぐさま抗争が起きたのも見ている。
あんな状況で紅茶を飲むとか!
今思えば、記憶喪失のショックで、判断力が完全に失われていたんだろう。
よく撃たれなかったものだと、思い返してゾッとする。
だからこそ、ジェリコさんの厚意を無にするのは、申し訳ないけど……。
「ジェリコさん。本当にありがとうございました。
落ちつき先が見つかったら、改めてごあいさつにうかがいますので」
「あ!おい!待てよ、ナノっ!!」
深々と頭を下げる。そして制止しようとするジェリコさんと、さっさと出て行け、
と言わんばかりの少年に背を向け、歩き出した。そのとき、

「うわっ!」
何か黒いものにぶつかった!

「おい、ジェリコ。向こうまで声が響いているぞ。領主がみだりに声を荒げるな。
それにおまえ……余所者か?」
「え?」
私はぶつかった相手を見上げた。
長い藍の髪に、黒い服。身体のあちこちに、この世界では珍しい時計の装飾品。

――…………。

心の奥の何かが、激しく打ち震えた。
どこかで……見たことがある、気がする。

私はこの人を知っている気がする。
も、もしかして、この人も私を知っているんだろうか!?

「別の国から迷い込んできたのか?帰れるものなら、すぐに帰るんだ」
よそよそしい物言いに、期待は瞬足でしぼみました……。
――でも、だけど……。
「ああ、ユリウスか。この子は――」
「墓守頭さん!出て行くって言ってるから、紹介の必要なんかないだろう!?」
「はあ?何なんだ、ジェリコ。それにエース、おまえまで何で騒いで――」

「私はナノと申します。しばらくこちらに滞在させて頂くことになりました」

私は深々と、ユリウスさんという人に、頭を下げた。
「え?あ、ああ……。そうか」
ユリウスさんは、あいまいにうなずいた。
「は?」
目の前で突然、私が態度をひるがえしたため、驚いた風なジェリコさんの声。
「…………」
そしてなぜか、さっきの比では無い殺意が、背中に突き刺さっている気がする。
気のせいだ。気のせいに相違あるまい。

……でも一人で出歩くときは、後ろに気をつけよう。

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