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■夢の中の話

その男性を見るなり、私は土下座して、必死に頭を上下させた。
「すみません、すみません!本当にすみません!」
「……いきなりどうしたんだ、ナノ」
不思議そうに問うのは、銀髪さんだ。
森に行ったわけでもないのに、なぜか再会した!
「街で助けを求めたんですよ!でもことごとくスルーされ、抗争まで起きてしまって
……しかも迷子になっちゃって!」
銀髪さんは、どことも知れない空間をフワフワ浮き、キセルっぽいものを吸う。
「ああ、あのことか。気にしていないし、私のことは心配いらないよ」
「ええ?で、でも気にしていないのなら、何で化けて出て――」
「化けて出るような存在になった覚えは無い!」
「え……?で、では、ご存命で?」
銀髪さんに恐る恐る聞くと、
「当たり前だ!……あと、私の名は『銀髪さん』ではなく、ナイトメアだからな」
「え……?」
私は目を丸くした。

…………

夢の空間に正座し、私は夢魔を見上げた。
「では、私は夢を見ている。
そして夢魔のあなたは、私の夢に遊びにいらしていると」
あと夢魔さんは、読心能力があるらしい。何てすごい!
「そうだろう、そうだろう、私はすごいんだ!」
説明してくれた夢魔はずいぶんと得意げだ。
「本当に心配していたんです。ご無事で良かったです、ナイトメアさん」
ずずーっと紅茶をすすり、ナイトメアさんに微笑む。
「……あ、ああ」
そんな私になぜかナイトメアさんは、微妙な顔をする。
すると思考が伝わったのか、ナイトメアさんは慌てて咳払いし、
「い、いや気にするな。とにかく私も再会がかなって良かったよ」
「ええ、本当に。それでは、起きたら森に帰りますね」
「ん?何でだ?」
ナイトメアさん、またも不思議そうな顔をする。
「え?だって、あなたは私のお知り合いなんでしょう?
改めてお会いして、色々お話も聞きたいですし……」
「森に来る必要は無い。話があるなら、今ここでするといい。
どのみち、あの森にもう私はいないしな」
「え!?」
紅茶を吹き出すところでした。だって、私のことを知っていたし、てっきり私と
行動を共にしていた人だとばかり、思っていたのに。
「では今は、どちらにいらっしゃるんですか!?」
「いや、私はこの国には表だって存在出来ないんだ」
「ええ!?」
言っている意味が分からない。
「私を探しても、見つからないということだよ、ナノ。
とにかく私は無事だ。それより自分のことを考えないと。
私の無事を確かめた後、聞きたいことが、たくさんあるんだろう?」
パニクる私に、ナイトメアさんは微笑する。それで私も、
「あ、ああ……そうですね。で、では、まず私の記憶について、うかがいます。
私は『余所者』らしいのですが、今まで何をして、どこに住んでいたんですか?」
「余所者、という意味は分かるか?」
うん。余所者というのは分かる。別の世界からやってきた者のことだ。
「それで正解だ」
ただ、知識として自分の中に残ってはいたけど、自分の記憶と結びつかない。
それに私は、この世界のどこに住んでいたんだろう。
すると少し沈黙があった。
「君は、別の国に住んでいたんだ。
さっき『弾かれ』、このダイヤの国に引っ越してきたところだよ」
「え――!」
絶句する。引っ越し。地殻変動で、土地が変わるということか。
「そうそう!この世界について、基本的なことが身についてきたじゃないか」
拍手する勢いで、ナイトメアさんはうなずいた。
しかし、私はそれどころではなく、腕組みしてうなる。
なるほど。この国で、私を知っている人に一人も会わなかったわけだ。
でも知らない国にいるのだと知ると、急に心細くなってくる。

「ナイトメアさん。私はどうすれば元の国に帰れますか?」
「自分と向き合えば、君が行きたいところへと帰れるはずだ」
ナイトメアさんは、謎めいたことを言ってよこした。あと、つけたしのように、
「それと、時が来れば、記憶も勝手に戻るさ」
今度は私がちょっと沈黙。
「いえ、今、教えて下さいよ。私のこと、ご存じなんでしょう?」
「いいや、教えるつもりはない。教えようかとも思ったが、止めることにした」
――何ですと!?
しかしナイトメアさんは悠々と、キセルだか何だかをお吸いになる。
「今の状況はむしろ好都合だと思ったんだ。
記憶を保って、君が動揺するより、知らないでいて適応する方が良い。
現に最初の引っ越しであれだけ打撃を受けていた君が、今回は抗争のど真ん中や墓地で
図々しくお茶会ときた」
――ず、図々しくないもん!喉が渇いただけですもん!!
あと『打撃』?最初の引っ越しって何なんだろう。でもそれに答えは無く、
「君はすでに、何人かの者に、強烈な第一印象を残している。
余所者が権力者に覚えられるのは、悪いことばかりじゃない」
え、権力者って誰だろ。まずジェリコさんと……あと誰かいたっけ?
「失う物がない方が強いということもある。まあ、なるようになるだろう」
そしてナイトメアさんは、フワリと浮き……もともと宙に浮いていたのが、さらに
上に行ってしまう。
「ちょ、ちょっとナイトメアさん!そんな無責任な!」
抗議し、捕まえようと手を伸ばす。
でももう届かないくらい、ナイトメアさんは高い場所にいってしまった。
その姿さえ、夢の空間に溶けて見えなくなる。
「ナイトメアさーん!!」
見捨てられた、という思いに泣きそうになった。
『見捨てるわけじゃない。また会いに来る。君の幸せを祈っているよ』
夢の空間に声が溶ける。

『ようこそ、ダイヤの国へ。ナノ』

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