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■墓地のお茶会・下

カンテラの光が、強く辺りを照らしている。
そして夜の墓地に、少年の抗議の声が響いた。
「だって!どう見たって怪しいだろ?墓守頭さんを呼びに行くまでに逃げられても
困るし、だから代わりに片付けてあげようと思ったんだよ!」
襟首つかみ上げられ、少年は怖い抗議を口にする。
「嘘つけ。面倒なだけだったんだろう?それに墓荒らしの処分は俺が決定する。
ガキがこっちの世界に首突っ込んでんじゃねえ!」
少年をつかみ、カンテラの男性が厳しく言った。
「全く、ひどい話もあったもんですね。出会い頭に人を斬ろうだなんて」
しかりしかり、とティーポットからカップに紅茶をそそぎながら私は言う。
うーむ。ウバの配合を心持ち変えたブレンドだけど、どうだろう。
「あのなあ。言っておくが、嬢ちゃんが怪しくないってことじゃねえぞ?」
チラッと私を見下ろしながら、カンテラの男性が言う。
「失礼な。私のどこが怪しいって言うんですか!」
夜の墓地の一角に正座し、紅茶を飲みながら私は抗議した。
『…………』
ヤバイ。冷たい視線の集中砲火ですよ。
やはり初対面の相手にツッコミを求めるのは酷すぎますか。
「頭(かしら)、この女、どうします?」
私の周囲を固めながら、配下の兄ちゃんたちが困ったように言った。
するとカンテラの男性はやっと少年を地面に下ろしながら、
「そうだな」
シャベルを地面に突き刺し、私を見下ろした。その視線にビクッとする。
でも男性は、さっきよりやや柔らかなまなざしで私に、
「慌てなくていい。あんたは何で、ここで紅茶を飲んでいるんだ?」
そういう風にちゃんと聞いてくれると、こちらも筋の通った説明がしやすい。
「ええと……本当は別の場所に行こうとしていたんですが、夜目で道に迷いまして。
お腹がすいて仕方なく、水分だけでもお腹に入れたいと、紅茶をわかしてました」
ちゃんと説明すると、カンテラの男性はうなずいてくれた。
そして配下の兄ちゃんたちに、
「……だそうだ。周囲に仲間がいる気配はないし、墓掘りの道具も持ってない。
この子に危険はないだろう。戻って休んでいいぜ」
カンテラの男性は、私の背後の兄ちゃんたちに、手で合図し、行くように促す。
すると、配下の兄ちゃんたちはスッと私のそばから離れ、どこかに去って行った。
――おお!
もしや、このカンテラの方、結構頼りがいがある!?
そして男性はシャベルをかつぎ直し、周囲を見て、
「さてと……ん?あいつ、またどこかに行ったな」
と舌打ちする。つられて私も周囲を見、
「……あ!」
さっきの少年の姿は、影も形も無かった。なんて素早いんだろう。
「…………」
しかし、にわかに緊張が背筋を這い上がってくる。
夜の墓地に男性と二人。失礼かもしれないけど、ちょっと怖い。
すると、頭に何か気配を……ぐしゃっと大きな手で頭を撫でられた。
「うわっ!や、止めて下さいよ!」
「はは。そう怯えるなよ。何もしねえ」
私の頭を乱暴に撫で、男性は地面に広げたティーセットを見た。
「美味そうな匂いだな」
「へ?」
「仕事帰りで疲れてるんだ。一杯もらっていいか?」
「あ、はい!」
慌てて、私はティーポットに手を伸ばした。

…………

「どうぞ」
「どうも」
カンテラの男性は、地面にあぐらをかき、私が差し出したカップを笑って受け取る。
そしてその紅茶を一口飲み、目を細める。
「美味い……!こんな美味い紅茶は初めてだ」
「ども」
正座して頭を下げると、何がおかしかったのか、男性はプッと噴きだした。そして、
「面白いな。あんた、余所者だろう?」
「そうなんですか?」
首をかしげる。そういえば記憶喪失とはまだ説明してなかったっけ。
「……自分が余所者と分からないのか?」
男性の声に、なぜか若干の硬さが入る。私はうなずき、
「ええ、実は記憶喪失でして」
「……は?」
男性の目が丸くなった。

…………

夜の墓地で、カンテラとアルコールランプの明かりを挟み、男性と私は会話する。
「なるほど、記憶喪失ねえ……その割に、妙に落ち着いてるな」
カンテラの方は、半信半疑のご様子だった。さもありなん。
「それがですね。どうも何度か同じようなコトがあったらしくって」
今のこの状況も同じだ。突然新しい環境に放り込まれることに妙な既視感がある。
「んー、まあ、記憶喪失を装っても利益はねえしなあ……ああ、そうだ!」
困ったようだった男性は、急に、何か思いついたように手を叩く。
「つまり行き場がないんだろう?なら、しばらくこの領土に滞在するといい。
客室は余っているから、ずっと住んでくれてもいいぜ」
「領土に滞在?すると、あなたはここのお偉いさんか何かですか?」
すると男性は何かに気づいたように破顔し、
「ああ、すまない。自己紹介が遅れたな。俺はジェリコ=バミューダ。ここの墓地の
墓守頭で、向こうの美術館の館長、マフィアのボスもやっている」
……何か色々ツッコミ入れねばならないワードが混じっていた気がするんだけど、
いい加減に頭が疲れてきた。私はティーセットを片付けながら応えた。
「そうですか。私はナノと申します。紅茶が好きです」
紅茶以外に自己紹介のポイントがない。男性改めジェリコさんも苦笑。
笑って手を差し出してくる。
「だろうな。墓場で紅茶を淹れてるくらいだしな。よろしくな、ナノ」
手を握り返す。うわ、大きいなあ。銃やシャベルを扱い慣れている手だ。暖かい。
「よし!」
「わっ」
そのままジェリコさんは私を引き上げ、立たせた。
「それじゃ、あんたの部屋に案内するか」
改めて言われ、判断力が戻ってくる。
「へ?いえいえ、大丈夫です!お構いなく!」
ジェリコさんは親切そうだけど、初対面の男性のとこに泊まるのは、さすがに遠慮したい。
「ん?ああ、心配するな。女性職員の隣の部屋にするから」
「あ、いえ……」
気遣いの人だなあ。行き場がなくて困ってるのは本当だし、ここはご親切にのっかる
べきか……でも……。

「大丈夫です。森に知り合いがいるので、失礼します」
ジェリコさんに丁寧に頭を下げた。
というか銀髪さんのことを、またも忘れてた!
何か本当にごめんなさい、銀髪さん。

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