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■墓地のお茶会・上

駅は人でごった返していた。しかし、私は列車に乗るつもりはなかった。
「さて……どうしますかね」
そう。私は駅に来ていた。
理由の一つは、人が多く安全そうだから。
もう一つは、人が多いから、私を知っている人に会うかも、という期待。
――しかし、本当に馬鹿ですか、私は……。
雑踏の中を、あてもなく歩きながら考える。
記憶喪失。有り金ゼロ。手持ちのアイテムは中古のティーセット一式、紅茶の茶葉、
それに砂時計(時間帯変換機能無し)。ちなみにティーセット一式は、そこらで拾った
ふろしきにつつみ、肩に担いでいる。
どこの旅人だという風情が、ちょっとお気に入り。でも肩が重いです。
……だが詰んでいる。どう考えても詰んでいる!
しかも当初はそこそこの所持金があったのだから、ある意味、自業自得だ。
私は肩を落とし、未知の知り合い(?)が私を見つけてくれることを祈った。

…………

――やっぱり、時間の無駄でしたか。
誰からも声をかけられないまま、私は広い駅の中を、ウロウロしていた。
「切符を拝見します」
「いえ、無いです無いです」
おっと、プラットフォームまで来てしまった。車掌さんに手を振って来た道を戻る。
「うわっ!」
戻る途中で、地面に震動。また事故が起きたようだ。
この駅、どうもちょくちょく列車衝突が起こるらしい。
ピンク色の影が風のように走っていくのが、見えた。
――て、ピンク……?
ちょっと気になったけど、雑踏で足が疲れていたので、追求は止めた。
「……あ、ごめんなさい」
長いマフラーの人とぶつかりそうになって、慌てて避ける。
――まあ、いつまでも駅をさまよってはいられないですしね。
それにあまりにも長くいると、スリとかテロリストに間違われるかもしれない。
さしたる収穫もなく、私は駅の出口に向かった。
――とりあえず、一度あの森に戻りますか。

あー、そういえば抗争とやらですっかり銀髪さんのことを忘れていた。
あの人が私の唯一の手がかりだ。様子も心配だし、一度戻らないと。
駅から出ると、街が広がっている。
「あ、時間帯が変わりましたか」
周囲が暗くなり、青空が星空になった。街灯が点々と灯り、街を淡く照らしていく。
「えーと、あの森はどこの方向でしたっけ」
私は一人ぼっちで街を歩き出した。

…………

夜は未だに明けない。
「いや、だから何だって私は夜に歩こうとしたかなあ……」
墓地の一角に座り、目を手でおおう。白い墓石が整然と並んだ場所だ。
夜な上、地理感覚ゼロなため、森どころか逆方向に来たらしい。
気がつくと墓地に入り込んでいた。
しかもずっと食べていないせいでHPもゼロに近づきつつある。
「お、お腹、すきましたね……あ、紅茶も飲みたいかも」
とりあえず、空きっ腹に水分だけでも入れようかと地面にティーセットを広げた。
「さてと」
比較的きれいな川の水をくんできて、アルコールランプにかける。
手をかざすと、ほのかな火の熱がぬっくい。
しかし夜の墓地の風は冷たく、私は寒さに身を震わせる。
首筋の冷たい感触もちょっと嫌。
「お姉さん、怪しい人?何してるの?墓荒らし?」
「そんなわけないでしょうが。夜の一人お茶会ですよ」
と、答え、ランプの火に手をかざす。

「…………」

何か首筋に、剣を突きつけられているっぽい。

横目でチラッと見ると、墓場の幽霊よりも怖そうな、現実の人間の姿。
地味な服装の少年だ。子供といってもいいかもしれない。
「墓地でお茶会?それって本当に怪しいよね。
火も使ってるし、何かしようとしていたんじゃないの?」
絶対的優位に立つ少年は、ニコニコ笑っている。ただし目は笑っていない。怖い。
今にも私を斬り捨てそうだ。これはちゃんと説明した方がいいかもしれない。
私はティーポットに、わかしたお湯をそそぎ、内心焦りながら答える。
「記憶喪失になったため、紅茶を作っていたところです」
「…………」
ヤバイ。途中をいろいろはしょりすぎた。
「え、えーと、詳しく言いますと……」
だがすでに時遅し。少年は剣を構えなおし、
「お姉さん。子供だからって、馬鹿にしていない?」
ヤバイ。怒った。相変わらず笑顔だけど目が冷ややかだ。
この少年……何か警戒すべき存在だと、私の心の奥底の何かが言っている。
「どこの組織の人?抗争で人が出払った隙に、いい度胸だよね」
脅すように言う。それから困った風に、
「うーん。墓守頭さんに言った方がいいのかな。俺が拷問した方がいいのかな」
うわー、サラッと怖いこと言いましたよ。こ、これは何としてでも懐柔せねば!
「君、君。見逃してくれたら、美味しい紅茶をごちそうしますよ?」
すると私のティーセットをチラッと見て、少年は顔をしかめる。
「砂糖は?ミルクもなし?じゃあ飲まないよ。そんな苦いもの」
まあ、それもそうですか。
「ごめんなさい。子供には早かったですね」
「…………」
そして少年は再度、剣を構えなおす。
「やっぱり面倒くさいや。斬っちゃおう」
え?ちょ……!もしや、今の発言でキレた?
微妙な年頃の男の子って厄介すぎますよ!
しかし少年の瞳には、今度こそ紛れもない殺気があった。
「待って下さい!あとちょっとで良い感じのブレンドティーが!
え?本当に斬るんですか?止め……いやー!誰かー!!」
慌てふためいて悲鳴を上げる。
だが逃げる時間もなく、私は地面にうずくまり頭を抱えた。
「大丈夫だよ、すぐ終わるから」
少年の笑い声が、夜の墓地に悪魔のように響く。
そして、私は斬られて悲鳴を――
「いったぁ!」
悲鳴を上げたのは少年の方だった。
「?」
私は頭を抱える手をほどき、恐る恐る顔を上げる。
も、もしや薄幸の美少女に、天が救いの御手を!?
「墓荒らしを見つけたら、俺に連絡しろって言ってるだろう?
あと、子供が夜の墓地をうろうろすんじゃねえ!」
……シャベルとカンテラ。顔に傷のある怖そうな顔の男性が立っていた。
あと、背後に着崩したスーツの配下の兄ちゃんたちを数人従えている。
その人たちは疑わしげに私を見ていた。

どうも危機は去っていないらしい。

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