続き→ トップへ 小説目次へ

■知らない世界1

暖かい風を感じて目を開ける。見上げた先には青空が広がっていた。
「……?」
どうやら私は倒れていたらしい。
まず私は身体を起こし、その場に正座した。
「はて?」
私は自分の身体をぺたぺた触り、怪我をしていないか確かめる。
幸い、目に見える場所に外傷はない。痛いところもない。
だけど髪は高い場所から落っこちたみたいに乱れ、服もやや着乱れている。

……て、ちょっと待て。いったい私に何が起こったんですか?

森に少女が一人。微妙に乱れた服と髪。
――なんか私、ヤバイ事件に巻き込まれたのでは?
ぞーっと背筋が寒くなる。そして私は恐る恐る自分の周囲を確認した。
私がいるのは森の中らしい。木にはおかしな矢印や、さまざまな場所を案内する
看板が取り付けられ、それぞれ、でたらめな方向を指している。
そして地面には、赤、黄、紫。様々な色のきのこが生えていた。
あと私の下には男性が一人倒れている。

「……て、ええ!?」

もう一度自分の周囲を確認する。
うん。倒れている。正座した私の下に、男性が。
どうも私はこの人を下敷きにしていたらしい。
銀髪でおかしな服だ。うつぶせになっていて顔は見えないけど。
ピクリとも動かない。というか顔のあたりに何やら赤い液体が見えます。
――ヤバイ……。
想定していたものとは、かなり違う気もするけど、私はやっぱり何らかの事件に
巻き込まれたっぽい。しかしいったい何が起こったのだろう。
あああ!混乱しすぎて、直前のことが全く思い出せない!!
「きっと私は、今、下敷きにしている男性に襲われたんですね!」
とりあえず、一番つじつまの合いそうな説明をつけ、ポンと手を打つ。
「…………」
何だろう。違和感が凄まじい。
天地がひっくり返ってもありえない気がする。
第一、襲われたとて、なぜ私がその男性の上で正座するという、シュールなオチが
出来上がるのでしょうか。私は腕組みし、次のアイデアを模索する。
「……私は、この方の上に落ちたんでしょうか?」
これなら服や髪が乱れているのも、男性を下敷きにしたのも理由がつく。
そして私は上を見た。
……周囲に木は群生しているものの、私の真上は、抜けるような青い空。
木の枝なり崖なり、自分が落ちてきたと思える場所は何も見えない。
「……なワケないですか」
首をかしげ、ついに考えるのをあきらめた。何はともあれ、この男性に聞けばいい。
「…………」
ヤバい。さっきよりヤバイ。
男性の頭部付近に見える赤い液体が、勢力範囲を広げつつある。
本当に起きられるのか、この人?
「あのお、もし……」
私は恐る恐る、男性をつついてみる。すると男性の身体がピクッと動き、
「う……」
あ、良かった。いちおう生きてる。これだけ赤い物を流してるのに、すっごいなあ。
「ふ……ふふふ、そそそそそうだろう、私はすごいんだ。何と言っても私は……」
何か、うわごとを言っている。意識は明瞭なんだろうか。
「というか君。まず、私の上からどいてくれないか……」
男性は若干、身体をヤバイ感じにガクガクさせながら振り向き、私を見上げた。
……うわあ。とても、きれいな人だ!服は珍妙で眼帯までしているけど。
こんな格好いい人には、初めて会ったかも知れない。
私はちょっと自分の格好が気恥ずかしくなる。
「……ナノ?」
すると、その男性が急にいぶかしげな顔になった。
『ナノ』って何だろう。
「…………?」
男性はますます妙な顔をする。そして私の目をまっすぐ見て、
「どうしたんだナノ?さっきから君の思考が少しおかしいぞ?」
と言った。君の思考?何だろう。電波さんかな、この人。
「ナノ?地殻変動でまた混乱しているのか?」
やはり言っていることが分からない。地殻変動?
それにまたも私を見て『ナノ』。もしかして……

「もしかして、『ナノ』って、私の名前ですか?」

「……え……」
銀髪の男性の顔が、一気に蒼白になっていく。
「い、いや、ちょちょちょっと待て!ま、まさか、君……!」
彼は完全に慌てふためいていた。
「いいいや、ありえない!そうだとしたら、危険すぎる……!」
やはり電波さんだな。意味不明すぎることばかり言う。

この人は私を知っているようだけど、そもそもここはどこなんだろう。
それに、さっきからいくら記憶をたどっても、直前のことや自分に関すること……
私の名前、住所、今までにあったこと、何も思い出せない。
「まさか……まさか落ちたショックで……!」
え?落ちた?やっぱり私は、落ちてこの人を下敷きにしたのか。
でもどこから落ちてきたんだろう。いや、それよりも、

――私は誰なんでしょう?


「また記憶喪失になったのか!ナノーっ!!」


銀髪の方の絶叫が森にこだまし、小鳥さんたちが驚いて飛び立っていった。

1/6

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -