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■麦茶に詰め替えるぞ!

ブラッドはテーブルの上のダージリンの缶を、厳しい目で見ながら言う。
「捨ててしまおうかと悩んでいるよ。本当は」
「えええ!」
苦労した私はとんでもないと叫ぶ。
「だが、そうだろう? 女王に奪われるまで、私はこの紅茶をめぐり、それなりの損害を出した。
そして未練を持つあまり君にうっかりそのことを話し、今度は君を命の危険に陥れた。
まさに魔性の女……いや魔性の紅茶だ」
「魔性の紅茶、ですか」
ダージリンのファーストフラッシュといっても、もちろん安い物もある。
でもこれは女王とマフィアのボスが争ったというから、きっと最高の茶園のダージリンなんだろう。
盗んで……いえお借りして帰るとき、ほとんど重さが苦にならなかったから、きっと一キロ、五百グラム、いえ百グラムちょっと過ぎたくらいか。
なのに内包するものはあまりに重い。
それだけの宝物を包んだ缶だと思うと、何やら不気味なものにも思えてくる。
「こんな呪われたものは、やはり始末しよう」
ブラッドがどこからか銃を取り出し、缶に向ける。

私はあわてて立ち上がった。
「ダメ、ダメ、ダメです!!」
どういった経緯で元の世界のダージリンがここに来ているかは知らない。
でもダージリンの産地は深い霧の覆う、標高数キロの高地。
寒暖激しい環境での茶摘みは、女性が重いカゴを背負っての過酷なもので、命の危険だってある。そんな人たちが苦労を重ねて一つ一つ摘んだ物を簡単に……。
ええと、つまり、あれだ。
――頑張ってお米を作ってくれた農家の人たちの気持ちを考えようよ!
といっても、マフィアのボスにそんな諌言が通じるかどうか。

「ブラッド……お願いですから」
「…………」
ブラッドはというと、銃を紅茶に向けたまま、今にも引き金を引きそうだ。
私はブラッドを止めようと叫んだ。

「止めてください!……止めて……止めろっつってんだろっ!!
撃ったらてめえの紅茶を全部麦茶に詰め替えんぞっ!!」

「…………」
「…………」
恐らく、今の私たちの頭には同じ言葉が浮かんでいる。

『どういう脅し文句だ』

「す、すみません。麦茶は多分用意出来ないと思うんで、番茶で……」
「いや、膨大な量の紅茶を詰め替えるだけでも一作業だと思うが……」
ブラッドも呆れ果てて何も言えない顔だったが、とりあえず銃をしまってくれた。
「怒りを殺がれたな。君が怒るというのも新鮮なものだ。
まあ、少し女性らしからぬ暴言を聞いた気もするが」
「あ……あはは」
笑ってごまかす。ブラッドもようやく微笑んで、
「確かにダージリンには罪がないな。この紅茶のために払った犠牲も無駄には出来ない」
私はホッとする。

「だが約束してくれ、ナノ。今後、私がどんな紅茶を欲しいとうっかり漏らしてしまっても私のために無理をして手に入れようなどと考えないと」
「はい。ブラッド」
私はうなずく。

するとテーブルを周りブラッドが私の前に立つ。
そして、手袋を取り、まるで貴婦人の手を取るように私の手を取った。
身体をかがめ、片膝をつくと、私の手の甲にうやうやしく口づけする。
「……っ!!」
「ありがとう。本当に嬉しいよ、ナノ」
ブラッドはそう言って微笑んだ。
私は真っ赤になって、気の利いたことが何一つ言えなかった。

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