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■まだクローバーの国7

夜の時間帯のブラッドの書斎。
そこで私はブラッドと×××……な展開にはなりません。
お屋敷の幹部たちのお茶会に招かれています。しかし……。
「うーむ……」
私はスイーツのお皿が並べられたテーブルの前で、腕組みをしてうなる。
「おいナノ、いい加減、食えよ。焼きたてのニンジンスフレが冷めちまうぜ?」
「むむむむむ……」
横でバクバク食べるエリオットには返答せず、私はうなりつづける。
どうでもいいけど『む』って、ゲシュタルト崩壊しそうな字ですな。
「お姉さん、今はお茶会だよ?」
「そろそろ戻ってこない?」
はすむかいの双子にも言われた。しかし私はさっきから、うなっている。
「むう……」
「熱心なことだ」
向かいのブラッドだけが、満足そうに紅茶を飲んでいた。

お茶会が始まってすぐ、ブラッドは私に紅茶を何倍か淹れさせた。
それから、どこかの茶園が出したらしい新作の茶葉を出してくれたのだ。
……むろん私はすぐ、お茶会そっちのけでテイスティングを始めた。
テイスティングとは決められた手順に従って茶葉の抽出液をこし、鑑定する作業だ。
難しく思われそうだけど、カップと計量器具さえあれば誰でも出来るので、紅茶が
好きな人なら、誰でも楽しめるのだ。

「うーむ……」
私は、スプーンに乗せた茶葉の抽出液を、もう一度口に含む。
テイスティングの目的は茶葉の個性や品質の確認。
それにより、ブレンドを決める材料にする。
さてこの茶葉の、キーマンを思わせる強い渋みとスモーキーな香り。
色は濃いめの赤。茶殻はツヤが良く葉質も上等。
悪くない。何よりもブラッドのお眼鏡にかなった紅茶という事実。
こちらとしても、ブレンドの考え甲斐があるというものだ。
「お姉さん、マカロン食べない?」
「お姉さん、プラムプディング食べようよ」
「むー……」
声をかけてくる双子に適当にうなり返し、さらに考える。
そして私はソファから立ち上がった。
――よし!
皆さんが見守る中、最初のブレンドを開始すべく、ポットを手に取った。

…………

そしてお茶会は、オタク……コホン、マニアと素人の二極化にシフトしつつあった。
「どうでしょう、ブラッド。甘みのある品種と合わせてみました」
私の淹れた新作ブレンドを、ブラッドはゆっくりと口に含み、味わってくれる。
「ふむ。ファーストフラッシュは良い選択だ。色合いも悪くない」
まずまずのようだ。もちろん、私は次のカップを差し出す。
「で、こちらがアッサムのセカンドフラッシュをブレンドした物です。
渋みはありますが、色合いと香りを重視してみました」
「確かに舌を刺す味わいだ。だが、このブレンドならむしろ――」
「そうですか。ならニルギリとウバのファーストフラッシュで――」
私とブラッドが熱心に紅茶議論する横で、
「……美味いな、このキャロットフィナンシェ……」
「ビスキュイも悪くないんじゃないかな……」
「紅茶は……どれでもいいか。みんな同じ味だよね」
いつもはケンカばかりの三人が、今はなぜか身を寄せ合うように座り、所在なさげに
ボソボソと菓子をつついていた。

…………

「そろそろ休むか、お嬢さん」
ブラッドが私の肩に手をかけつつ言ってくる。
「うう。さすがに舌が麻痺してきましたね」
その手をさりげなく離しながら、私はテーブルを睨む。
紅茶が抜けたら、私はまた無能な余所者に逆戻りです。
菓子もあらかた片付き、エリオットたちはとっとと退散してしまった。
残ったのは紅茶狂と犠牲者一名。ソファに隣り合って座っていた。
スイーツのお皿も下げられ、あとは大量の紅茶器具と茶葉の袋が、テーブルを占拠していた。
「なかなかに有意義な時間だった。君に新種の茶葉を喜んでもらえて何よりだ」
ブラッドはシメの紅茶を飲みつつご満悦。
「うう……おなかいっぱいです」
水分的な意味でも、糖分的な意味でも。
ブラッドはどこか嬉しそうに笑っている。ずいぶんと上機嫌だ。
自分の用意したサプライズが大成功した……なぜかそんな連想をしてしまう笑顔。
「さて……」
そして上機嫌のまま、再びこちらの肩に手を回し……うう、上腕をなで上げられ、
何やらぞわぞわします。
と思うと、別の手がこちらの髪にかかり……いたた、強引に顔を、ブラッドの方に
向けさせられた。
「ナノ……」
顔が近づき、こちらも自然に目を閉じてしまう。
「ん……」

いつの間にか背中に回された両腕が、優しく、でも逃がさない強さで私を抱きしめる。

押しつけられる唇の熱、絡める舌の音、低い吐息。

気がつくと私はソファに押し倒され、ブラッドにのしかかられていた。
革張りのソファがちょっと突っ張り、私の身体が少し沈む。
「ちょっと、ブラッド……!」
まだ横になるにはお腹がきついのになあ。
あと雑然としたテーブルが真横に見える。気が散るから片付けられないか。
でもブラッドはもうその気で、私の反応おかまいなしに、服に手をかけてくる。
ちょっともがいてみたけど、身体をがっちり押さえつけられ、どうにもならない。
「新種の茶葉の鑑定も終えた。今度は私が君の鑑定をさせてもらおう」
「それ、微妙にイケてない言い方ですよ……」
「ふむ。クセの強い茶葉のようだ」
「いえいえいえ……」
ボタンを順当に外されながら、どうツッコミ入れたものかと頭を悩ませていると。
「ナノ」
もう一度ブラッドがキスしてきた。
でも何だか色々疲れて、眠気さえ感じている。それに、心がちょっと熱い。

「君は私の物だ。どうなろうとも……必ず」

「――?」

そのとき、違和感を抱いた。
何かブラッドの雰囲気がいつもと違う気がしたのだ。
いったい何が……。
――まあ、いいですか。
満腹感が眠気を読んだこともあり、私は追究を止め、力を抜く。
ご主人様がおかしいのはいつものことだ。
そして思う。
とにかくブラッドをこの一夜でどうにかなだめよう。
そして店に戻り、またいつもの生活をして、ちょっとずつでもお金をためるのだ。
そう、早く帰りたい。砂時計はポケットの中にあるけど、あとは皆あっちにある。

今はなじみも出てきたプレハブ小屋。私と皆をつなぐ場所。
カフェ『銃とそよかぜ』に、早く戻らないと。

早く……。



――――――
※次の話より、ダイヤの国編になります。

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