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■まだクローバーの国6

帽子屋屋敷の浴室は豪華だ。プールほどもあるバスタブは乳白色の湯で満たされ、
そこには無数の薔薇の花が惜しげもなく浮かべられている。
一人でつかると、まさに天国である。
「はあ……ぬくぬく……」
ようやく身体を清め、大浴槽につかる私ナノ。
とはいえ、入る前にシャワーを浴びたとき、赤い水が排水溝に流れていく光景は
ガチでホラー映画。いやあ怖かった。
この後、ブラッドからどう逃げるか……ということは後で考えるとして、まず疲れて
冷えた身体を温めたい。私はチャプっと湯ぶねに首まで浸かる。
はあ。熱すぎず、ぬるすぎず。何という適温。気持ちいい……。
そしてまぶたが落ちかけ、ハッと顔を上げる。
「……しかし、眠いですね」
よくよく考えたら、仕事の後に大量のカフェインを摂取し、その後はナイトメアとの
ゴタゴタで寝ていない。
「だ、ダメです。お風呂から上がらないと……」
しっかし眠いなあ。もう少し……もう少しだけ……。
…………。
誰かに腕をグイッとつかまれ、ザバァっと、湯の中から引き上げられた。
ビックリして、一気に覚醒した。
「え?な、何なに?何なんですか!?」
混乱しながら慌てていると、
「端的に言えば、君は溺れかけ、寸前で私に助けられたところだ」
え……そんな子供じゃああるまいし。
「――て、ブラッド!?」
慌てて振り返ると、
「大事なくて何よりだ。お嬢さん」
えーと……ブラッドがいらっしゃいます。
もちろん、服は着ておらず……。
「た、たたた助けてくださってどうも。では私は、すぐ出ますね。ごゆっくり」
浴室に手をかけ、慌てて出ようとした。が、ブラッドに腕をつかまれる。
「そうつれないことを言わないでほしい。私は君の命の恩人だろう」
いや、そんなことは……そうかも。

ボスは軽く湯を浴び、自分も浴槽につかる。
そして、逃げようと必死な私を後ろから抱きしめた。
「離して下さい、女性の敵!!」
「心外なことを言わないでほしい。私ほど紳士的な男はいないよ、お嬢さん」
どの口が仰るか。そしてボスは、湯で上気した私の身体を眺め、
「さて、夢魔の体液が君の身体から、洗い落とされたか確認しなくてはな」
「そういう言い方だと、私がいかがわしい目にあったみたいに聞こえるんですが」
ナイトメアに押し倒される私……うーん。ダメだ、想像力が追いつかない。
「ナノ。私を見なさい」
「…………」
肩を抱かれ、引き寄せられる。渋々顔を上げると、目の前に端正な顔。
あの妙な帽子も被っていなければ、変な服も着ていない。
そして碧の瞳に視線が行ってしまう。

「ナノ……」
碧の瞳が近づき、抱きしめられ、キスをされる。
熱い。湯が熱いのか、湯に当てられた肌が熱いのか。
「ブラッド……」
私は力を失ったように、ブラッドの肌にもたれかかる。
頭がボーッとして、どうも思考の焦点が合わない。
湯と薔薇とブラッドの匂いでむせそう。
私……いつの間にブラッドのことをそこまで……。
「ふむ」
ブラッドが、濡れた私の髪を撫でる気配がする。だけど私はぐったりしていた。
そしてブラッドが私の身体に両腕を回し……お姫様抱っこでザバーンと湯から上げる。
……え?
「湯あたりしたようだな。上がるか」
えー!?
そ、そういえば気持ちよすぎて、結構長時間入ってたっけ……。

…………

かくてお風呂で久々の×××シーン……ではなく、のぼせました私ナノ。
そのままブラッドの部屋に連れてこられました。
そして今、ソファに横にされています。
「困ったお嬢さんだ」
ブラッドは珍しく苦笑し、私の傍らに座ると、私の頭を……いたたっ……自分の
膝の上にのっけさせる。あ、膝枕だ。
「少し休んでいなさい。お楽しみは君が回復してからにしよう」
……やることはやるつもりですか。
しかしブラッドはすでに本を広げ、勝手に読んでいる。
器用に片手でページをめくり、空いた方の手は私の頭を撫でて。
無意識なのか、髪を弄ったり耳たぶに触れたり。くすぐったい、止めてー。
でもなぜか抵抗出来ず、私はブラッドの膝にそのまま頭を預けていた。
そしてつかの間の憩いのうち、私が眠りの世界にまどろもうとしていると、
「ナノ!風呂場で倒れたんだって?大丈夫か!?」
扉をバーンと開け、エリオットが入ってきた。その後ろから、
『お姉さん!』
双子も入ってきた。
「ボスに無理させられたって聞いたよ、大丈夫?」
「ボス。後学のために聞かせてほしいな。どんな激しいプレイをしたの?」
「ああ、おまえたちには少し刺激が強すぎる話かもしれないが、実は……」
『うんうん!』
倒れても無理もさせられてませんがな!何を勘違いしてるか、双子ども!
ありもしない事実を捏造しようとしないでください、ブラッド!
あと知らんぷりを装ってますが、耳がすっごくピクピクしてますよ、エリオット!

そしてわいわいやっているうちに、使用人さんたちも出入りし、テーブルの上には
ケーキだのクッキーだのマカロンだの(ただしニンジンカラー一色)、紅茶の準備だの
が、整っていく。
「さて、お茶会だ。身体は大丈夫か?ナノ」
そして、ゆっくりと私を抱き起こしてくれるブラッド。

好き勝手に私を扱うのに、こういうときはなぜか優しい人だ。

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