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■まだクローバーの国5

「な、な、何があったんだよ、ナノ!!」
入ってきたのはスーツ姿のエリオットだった。
事件現場のようになった室内を見て、かなり驚いたようだった。
しかしなぜ彼が、こんな時間帯に女性の家に……?
あー、そういえば仕事帰りに、私を連れて行くとか何とか言ってたっけ。
『どうしたんだよ、馬鹿ウサギ』
双子もエリオットの後ろからヒョイッと顔を見せる。そして、
「お、お姉さん!大丈夫!?」
「怪我は無い?しっかりして、お姉さん!!」
赤い物を髪からポタポタこぼす私に、案の定、顔色を変えた。
二人してバタバタかけよってきて、
「どこをやられたの!?早く包帯をっ!!」
「お姉さん。この指、何本に見える?僕の声は聞こえる!?」
慌ただしく世話を焼いてくれるマフィアさんたち。
「いえいえ、大丈夫ですよ。この赤いのは全部、他の人のですから」
それで三人がピタッと止まる。
あーあ。床を踏み荒らしたから、余計にホラー映画っぽくなってきたなあ。
床中に真っ赤な靴あと。明かりを消したとき、夢魔の生き霊でも出そうだ。
「え、えーと、あんたは無傷なのか?」
真剣な顔で、エリオットが私を見下ろす。
「はい。無傷です、無傷です」
髪や顔に赤い物を流しながら、ニコニコと手を振る……自分で言うのも何ですが、
ビジュアル的に怖いだろなあ。
で、ようやく三人はホッとした顔になってくれた。でも今度は不思議そうに、
「いったい何でこんなことになったの?」
「お姉さん、誰を刺したの?」
……何で発想がそうなるんですか。
「ニンジン料理嫌いの紅茶狂帽子男を、痴情のもつれでカッとなりましてね」
「ああ!それなら仕方ねえ!そんな最低男、あんたに刺されて当然だ!!」
腕組みし、全力で同意してくださるエリオット。ほほう。
「ねえ、そろそろ洗わないと赤いのが固まって大変だよ、お姉さん」
「シャワーを浴びてきたら?僕ら、待っててあげるよ」
いや『待ってて』も何も、帽子屋屋敷には行きたくないんですが。
あとガキども、シャワーをのぞいたりしないでしょうね。

「入浴なら、帽子屋屋敷でしなさい。こんなボロ小屋の粗末な設備ではなく」

そして入り口から声がした。
確認するまでもない。ニンジン料理嫌いの紅茶狂帽子男である。

「×時間帯ぶりですね、ブラッド」
昼間来て、また夜にもいらっしゃいましたか。酔狂なことで。
で、ブラッドが靴音を立てて室内に入ってくる。
双子とエリオットがすぐに道を開け、ボスが私の前に立った。私を見下ろし、
「見苦しいことだ」
「……な、ナイトメアに文句を言って下さいよ」
何だか一歩下がってしまう。夜に見下ろされると、昼には無い威圧感を抱く。
しかも、こちらは寝間着とスリッパ。急に、自分の格好が心細くなってきた。
「え!?ナノ、ナイトメアを刺したのか!?」
……いつまで勘違いされてるんです、エリオット。
と思ってると、ブラッドがクルッと私に背を向け、エリオットに、
「このまま帽子屋屋敷に連れて行け。ナノに何か羽織る物を」
「了解!」
と、エリオット。
「え、ちょっと、ブラッド!行きませんよ、私!」
「ナノ、俺ので悪いけど、これ着てろよ。着替えは向こうで用意するから」
ふわっと暖かいものが身体を包む。エリオットがジャケットを掛けてくれたらしい。
ご親切はありがたいけど、硝煙と煙草の臭いがけっこう強いですね……。
「いえ、だから行きませんよ。途中で昼になったらどうしてくれるんですか!!」
寝間着で裸足にスリッパ。男物のジャケットを羽織り、乾きかけてるとはいえ、
頭から赤。怖い。我ながら怖すぎる。何のモンスターを捕獲したんだ帽子屋屋敷。
「なら顔を隠せば問題なかろう」
「ブラッドの言うとおりだぜ!ほら、俺のはデカいから、これで顔も隠れるな」
エリオットが私にかけた上着をちょっと持ち上げて、私の頭のてっぺんからかける。
うん。視界が若干狭まるけど、確かに頭からあったかい。
……て、ちょっと待て!この格好は……!!
あと手錠をすれば、完璧なアレだ。
「よし、行くぞ。このままではナノが身体を冷やす」
ボスはそう言って扉から出て行った。
「ああ!ブラッドは本当に優しいな。ナノ、あんたは幸せ者だぜ!」
エリオットが意気揚々とボスの後に続く。
「は?え?エリオット、あなた、この状況のどこをどう見て、そういう判断を……」
「お姉さん。馬鹿ウサギに、まともな思考を期待しない方がいいよ」
「ああ。僕らはお姉さんの味方だからね。目撃者は全員斬ってあげる」
そして逃げられないよう、私の両脇を固める双子。
「いえ、斬らなくていいですけど……ちょっと、あの……!」
助けを求め、門番たちを見るけど、彼らは私を挟んで、押すように前に進ませる。
「誰か〜」
絶望に身を浸しつつ、家の外に連れ出される私。そして……。
「ああ、太陽がまぶしい……」

時間帯が昼になり、白日の下に私の格好が晒されたのであった。

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