続き→ トップへ 小説目次へ

■まだクローバーの国4

余所者ナノ。クローバーの塔近くに屋台を開店し、一人で飲み物を売っている。
そんな私の店は、八時間帯も過ぎれば閉店だ。
「ありがとうございましたー!……さてと」
最後のお客様を、頭を下げて見送り、お店を片付ける。
そして、歩けばギシギシ鳴るプレハブに引き上げるのだ。

それから片付け、売り上げ記帳に発注、夕飯やシャワーなど、もろもろの雑用を
終えた頃、夜の時間帯になった。でも私はまだ寝ない。
「さて……」
今、私ナノは黒エプロンをしめ、テーブルの前に立っている。
寝間着にガウンを羽織り、テーブルで紅茶を淹れているのだ。
茶こしこと、ティーストレーナーにポットから紅茶を注ぐ。
注がれる色は鮮やかな赤。うん、この匂い。イメージ通りだ。
両手で暖かい陶器のカップを持ち、息をふきかけて、ちょっと冷ます。
口に含むと、ちょうど良い渋みとかすかな甘み。
「よし、完成ですね」
テーブルにカップを置き、広げたノートに手早く、今の紅茶の配合を書き付ける。
ナノさんブレンド第562号。
今回は茶葉の調和がテーマ。自然な香りを追究してみました。セイロン、アッサム、
ダージリンのファーストフラッシュを、配合を何度も変えながら飲み比べ、こうして
ストレートにもミルクティーにも、飲みやすいお味に仕上がりました。
……味を分かってくれるのが、女王陛下と某ボスしかいないのが、ジレンマですが。

「んー。次はどうしますかね」
『ナノさん配合ノート第××巻』をぱらぱらめくり、頭を楽しく悩ませる。
基本に立ち返りダージリンの味を追究するか、お子さま客層開拓に美味しいココアを
考えてみるか。もしくは一番の売れ筋の珈琲を研究するか。
「……お茶でも飲みながら考えますか」
ノートをパタンと閉じ、紅茶の器具をいそいそと片付け、急須に湯飲みを出す。
やっぱり緑茶が一番ですね。

…………

うとうとして、目をパチッと開ける。
「ね、眠れない……!!」
暗闇の中、私はガバッとベッドに身体を起こす。就寝時刻なのに目がさえる!
「なぜ眠れないのですか!!」
何しろこんな商売ですので、不眠とはお友達です。
なのでよく眠れるよう、研究ついでに、身体があったまる飲み物をいっぱい飲んだ。
でもそんな、たくさんの量じゃない。紅茶二杯、珈琲三杯、ココア一杯、緑茶二杯。
なのに、いったいなぜ眠れないのか、理由がさっぱり分からない!!
「……たまには自分の行動をしっかり見つめ直した方がいいぞ、ナノ」
と、横から声がした。
「ええ!?私は自分を客観的に見つめ、常に冷静ですよ!」
私は寝間着姿で、チッチッと指を振って返答する。

…………。

ギギッと見下ろすと、フリルシャツな夢魔が隣に寝ておりました。
「……なぜ平然と私の家に、ベッドにいらっしゃるんですか?ナイトメア」
そう。私の真横で寝ていたのは、あの大きなクローバーの塔の領主様。
偉大なる領主にして、最強の夢魔。ナイトメア=ゴッドシャルクその人である。
「ふっふっふ!ナノ!君もようやく私の良さが分かってきたようだなあ!」
人の考えの読める夢魔は、ガバッと起き上がり、腕を組んでふんぞり返る。
「仕事から逃げるついでに君のところに遊びに来たら、君が寝ていた。
だから、一緒に寝かせてもらおうと思って、君をちょっとウトウトさせて、その隙に
ベッドに忍び込んだだけだ!!」
「……痴漢行為はしていませんか?」
すると、とんでもない、と夢魔は首を横にぶんぶん振る。
「私は君を傷つける連中とは違う。指一本触れていない!健全だ!!」
……堂々と言われてもなあ。
ナイトメア。服の趣味はお世辞にもマトモとは言いがたく、隙あらば赤いものを、
所構わず口からまき散らし、仕事から逃げる。非常に迷惑な人でもある。
あと夢の中に勝手に入ってくるし。今も一人暮らしの少女の家に不法侵入だ。
「あ、後出しの罵倒とは卑怯だぞ、ナノ……う、うう、吐×したい……」
そう言われて慌てた。
「ちょ、ちょっと!人の家に侵入して、ベッドで吐かないで下さいよ!!
寝間着もお布団も、これ1セットしかないんですよ!?」
「ううう、君が心配で会いに来たのに、私よりベッドの心配をするなんて……吐く」
「え?ちょっと、ナイトメア。せめて私が逃げてから……止め――」
制止しようとしたが、遅かった。

そして盛大な赤が飛び散る。それは私に頭からかかり、寝間着、掛け布団にシーツ、
枕、あと壁に、もれなくかかったのであった。事件現場か!ホラー映画か!!

…………

そして私からの連絡を受け、半時間帯後には補佐官殿がすっとんできた。
「本当に、本当にすまなかった。ナノ。クリーニング代は後で店に……」
「勝手にきれいになるから、いいですよ。それより、とっとと、その『自動赤い物
吐き散らし装置』を引き取って下さい、グレイ」
私は冷酷に言い放った。
「じ、自動赤い物って……」
グレイに小脇に抱えられたナイトメアが言う。
ちなみに口からまだボタボタと赤い物をこぼし、ちょっと怖い。
「……重ね重ねすまない」
ナイトメアを遮り、グレイが深々と頭を下げる。
会うたびに口説いてくる補佐官殿も、さすがに今は真面目。
そして顔を上げ、全身、赤まみれな私に、
「その……本当に下心は何も無いんだ。寝具類をダメにしてしまったし、今晩こそは
塔に泊まっていってくれないだろうか」
「別にいいですよ。元に戻るまでソファで寝ますから」
「だが……」
「夜とは言え私もこの格好で街を歩きたくないですから。あはははは」
髪からポタポタと赤いものを垂らした私の、エース的笑い。
「……すまない」
これ以上粘ったら、私を本気で怒らせると悟ったか、グレイも素直に引き下がって
くれた。一方、ナイトメアは反省の色がない。
「ナノがめったに塔に遊びに来てくれないから、私から出向いたんだろう!」
「夜中に女性の家に侵入して、出向いたも何もないでしょう!」
グレイが叱るけど……あなたも人のこと、言えた義理ですか、補佐官殿。
この前だって、私が寝ているときに――。
「グレイ〜。ナノが寝込みを襲われた回数をカウントし出してるぞ」
「う……っ。さ、さあ帰りましょう、ナイトメア様!
添い寝するなら書類と添い寝して下さい!!」
「いいじゃないか!もうすぐ――――なんだし、私だってナノと……」
ん?ナイトメアが何か言った気が……。でもその前にバタンと扉が閉まる。
そして扉の向こうで遠ざかっていく夢魔の声と、叱る補佐官殿の声。
部屋を見ると、床も寝具も自分自身も、どこもかしこも真っ赤。
「とりあえず……シャワーでも浴びますか」
私はみじめな気分で肩を落とす。
そのとき、ガチャリと扉が開いた。
「ん?忘れ物ですか?」
グレイが戻ってきたのかと、私は振り返る。
すると、そこにいたのは――。

4/7

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -