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■まだクローバーの国2

私はナノ。平凡以下の余所者の少女。
でも、この世界でそれなりに過ごすうちに、飲み物を淹れる技術を身につけた。
権力者に紅茶や珈琲の愛飲家が多いこの世界では、意外に重要なスキルだ。
私のプレハブ小屋の前には、ジューススタンドみたいな屋台がついている。
それで道行く人に珈琲や紅茶、ココアを売っているのだ。
ただし臨時休業が多い上、店に来た役持ち同士がよくよく銃撃戦をする。
なので、売り上げは芳しくない……。

で、まあ今は開店準備中です。
「あ、これ、持って下さいね、エース。これと、これと、ついでにこれも!」
家に不法侵入したエセ騎士に、重い砂糖や、純水のボトルなんぞを次々に持たせる。
「あははは!旅の必需品を譲ってくれるなんて、恋人の心遣いが嬉しいぜ!」
……鍛えてるなあ。押しつけた荷物を、軽く担ぎ、私に笑いかけるハートの騎士様。
「あげたんじゃないです。とっとと運んで下さい。あと恋人じゃないですから」
相変わらず爽やかな笑顔で、とんでもないことを言いやがる。
そして表の方の扉が開いた。ボリスが竹ぼうき片手にヒョイッと顔を出す。
「ナノー!表を掃いておいたよ!何か手伝うことある?」
「ありがとうございます、ボリス。本当に助かります」
ボリスに微笑んで頭を下げると、
「あはははは!昨晩は猫君が泊まったの?相変わらずお盛んだよな、ナノ」
「エース。それ、セクシャルハラスメントですから……」
「ていうか、騎士さん、いつからナノの家にいたの?」
卑猥騎士に蹴りを入れていると、扉からは呆れたような声。
「もう……」
商品の袋を抱え、騎士の後ろから表に出る。
すると、店の前で待っているのはボリスだけじゃなかった。
「ナノー!襲撃前なんだ!景気づけにニンジン紅茶!頼むぜ!」
笑顔で手をふる大きなウサギさん。
「襲撃前とか、堂々と言うかな、兄弟?僕は紅茶。お姉さんのおすすめで」
「馬鹿ウサギだよね。兄弟。お姉さん、僕も紅茶。ニンジン紅茶以外で」
物騒な斧をかまえ、物騒なことを言う双子。
でも私と目が合うと、にっこり笑いかける。
「お姉さん、また痩せたね。気苦労が多いからね。もっと休暇を取らないと」
「ボスに教えたら情報料くれるかな。お姉さんにならお小遣いをあげてもいいよ」
……今はマフィアの若者な姿ですが、中身は子供。
子供らしく、けっこう失礼な(でもちょっとだけ泣ける)ことを仰います。

この世界に来た『余所者』に与えられた『誰にでも好かれる』という特性。
銃弾飛び交う物騒な世界で、私が生き残れた理由であり、また頭痛の種なのです。

「はいはい。毎度ありがとうございます。ちょっとお待ち下さいね」
私はため息をついて、屋台の防犯シートをはがす作業に入る。
すぐにボリスやエース、他の役持ちも手伝ってくれる。
「ああ!あと、ブラッドが『帰りにナノを連れてこい』って命令してたんだ!」
手伝いながらエリオットが、聞きたくないことを大声で仰る。
「ナノ、抗争が終わるまでに、準備しといてくれよな!」
「…………」
どういう準備だ。お風呂入ってこいってか。
私の代わりにボリスがげんなりした顔で、
「あ、あのさ、帽子屋屋敷って、ナノを独り占めしすぎじゃない?
ちょっとは休ませてあげたら?ナノの飲み物を飲みたい奴は多いんだし」
うう、ボリス。あなたの優しさが嬉しい。
「あはははは。余所者って、本当にモテるよな!」
エースはどうでもいいことを、どうでもいい笑顔で言う。
「おかげさまで……」
他にどう返答すればいいのか分からねえ。
「えーと……大変だね、ナノ。たまには俺のとこに泊まる?」
がっくり肩を落とす私に、ナチュラルにとんでもねーことを仰るチェシャ猫。
「いやいや、猫くん。女の子を守るのは騎士の役目だ。
ナノ!俺と一緒に旅に出ようぜ!」
いや、騎士なら城に連れて行くとかさあ……あと、さりげなく10キロの砂糖袋を
押しつけようとするな!!
そしてまた、新たな役持ちの声がする。
「おい、ナノの店の前で騒ぐな!
ナノ。外回りのついでにココアを飲みに来たんだが……」
優しい笑顔のトカゲの補佐官殿。
この国に引っ越した頃から、お世話になっている大恩人の一人だ。
……ただし、私の身に余る愛をそそいで下さるため、今となっては逆に苦手な人だ。
「ナノ。お店の準備、手伝うよ。珈琲の袋はどこに置けばいいの?」
「あははは!働くなんて止めて、やっぱり俺と気楽な旅に出ないか?」
「あ、そろそろ襲撃の時間帯だな。ナノ。悪いけど、ちょっと急いでくれ」
「お姉さんをせかすなよ、馬鹿ウサギ!」
「お姉さんに悲しい顔をさせたら承知しないぞ、ひよこウサギ!」
「ん?マフィアが何の用だ?ナノ、困ったことがあるなら塔に移って……」
一つの国にたった12人しかいない役持ち。
それが半分も集まって、店の前はちょっとザワザワ。道行く人も振り返る。

「とにかく、すぐお店を開くので、皆さん待っていて下さいね……」
無力な余所者はお仕事前から、疲れて肩を落とすのである。

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