続き→ トップへ 小説目次へ ■絶滅生物の名言について 出された紅茶は柑橘系の香りのするアールグレイだった。 「アールグレイはフレーバーティーなんですよね」 寝ている間に、エリオットのベッドの中でずいぶんと紅茶の本を読んだ。 勉強の成果をちょっとブラッドに自慢したかった。 「その通り。実在したグレイ伯爵という人物が考案したとされる」 ブラッドの答えはきわめて素っ気なかった。 とはいえ、療養中は紅茶の味もろくに楽しめなかったので、私はベルガモットの香りを楽しみ、幸せ色に顔を染める。 するとブラッドが、 「そんな……」 「?」 ブラッドが少し困ったように私を見ていた。 「そんな無邪気な顔をされると、怒りにくくなるな」 私はハッとした。 「ごめんなさい。ブラッド」 頭を深く下げる。 やっと謝ることが出来た。 「みんなにたくさんご迷惑をおかけしました。ハートの城と帽子屋屋敷の関係だって……」 領土争いのことは、そこそこいるうちに何となく聞いていた。 けれどブラッドはそれについては否定した。 「奴らと関係がどうなろうとかまわんさ。 むしろファミリー内では君に喝采を送っている奴が大多数だろう」 「え?」 ブラッドはやっとニヤリと笑った。 「単なる食客だと思っていた少女がハートの城に入って紅茶を盗んできたのだからな。 城は面目丸つぶれだし、軍事責任者はずいぶん厳しい叱責を受けたと聞く。 もっとも、ああいう手合いだから本当に堪えたかどうか」 数回しか話をしたことのない彼の顔を思い出し、何となく想像がついた。 だけどブラッドはすぐ厳しい顔になって、 「だが私が怒っているのは君のことだ。 ……なぜ盗みになど入って危険に身を投じた。 宰相とも知り合いなのだし、融通してもらうとか、他にも方法はあっただろう」 確かに、異世界だとか言い訳しても窃盗行為はごまかしようがない。 ペーターに頼めば、恐らく光速で持ってきてくれただろう。 でも―― 「盗みに入ったつもりはありません」 私はブラッドに言った。 「ちょっとお借りしただけです」 ペーターに借りを作るといろいろな意味で危険な気がしたし、ハートの女王の噂も聞いている。 ……つまりあれだ。もっとも簡単かつ速攻手段を取ってしまった。 すごくごめんなさい。 万引きは犯罪行為です。 警察に捕まってあなたの一生が棒に振られます。 ブラッドはソファに座ったまま紅茶の缶を少し凝視し、 「……消費すれば返せるものではないだろう」 私はビシッと人差し指を立てる。 「返さないつもりはありません。永久に借りておくだけです」 二十世紀に絶滅した、ガキ大将という種族の言葉を引用した。 するとブラッドはうつむき、肩を震わせた。 「き、君は……真顔で、そ、そんなことを言うから……」 そのまま肩を震わせつづけ、少し目元をぬぐう。 空気が見る間に柔らかくなり、私は剛田さんと名言の立役者たるズル木さんに深く感謝した。 とはいえ犯罪行為を肯定するつもりはないので今度、高い紅茶を買ってお城にこっそり返しに行こう。 ……品物を戻しに行ったとき、軍事責任者が私を切るかは謎だけど。 4/6 続き→ トップへ 小説目次へ |