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■療養inエリオットの部屋・後

エリオットは書類作業をし、私はエリオットのベッドでゴロゴロしている。
大分熱も下がったけど、まだエリオットが出してくれないからだ。

私はのんびりと、ブラッドに借りた紅茶読本の続きを読み始めた。
――ふむふむ。茶摘みは二十一世紀に入っても手作業なのですね。

繊細なフラワリー・オレンジペコーが乱暴な機械ごときで取れるわけもない。
おかげで茶摘みは今なお、生産地の女性の重要な仕事だそうだ。
ただ女性の職場ということではなく、ほとんどのところで指導や売買は男性の役割。
女性として、その点はちょっと納得行かない。
――今度は、丁寧に取ってくれるインドやスリランカのおばさんたちに感謝して飲もう。
そしてまた本を読みながら首を傾げる。
二十一世紀だの外国の紅茶生産事情だの、たまに本当にここが異世界なのか分からなくなってくる。
でも、そのことについてブラッドやエリオットたちに問いただしてもなぜか言葉をにごされる。
――時間がコロコロ変わる変な世界が地球なわけがないし……。
本当によく分からない。
でも分からない事は、考えないに限る。
頭の悪い私は、またゴロンとベッドに横たわる。
――あ、しまった。
うっかり、腕の傷を身体の下にしてしまった。
襲ってくる痛みに身構えようとし……痛みはなかった。

あれ?
まだまだ傷は深かったはずだ。
不思議に思って包帯のあたりに触れる。
思い切って少し押してみる。
でも全く痛みはない。
――もしかして……。
私は手つきももどかしく、包帯をほどいていった。
「どうした? ナノ」
私の動きに気づいたエリオットが立ち上がって近づいてくる。
答えずに、包帯を全てほどいた。
「……治ってる」
「元通りになったんだ。良かったな、ナノっ!!」
エリオットが歓声を上げ、私を抱きしめた。
けれど抱きしめるだけでは興奮がおさまらなかったのか、
「わわ!!」
放り上げられた。赤ちゃんにする『高い高い』なんてレベルじゃない。
文字通り、子犬か子猫のように宙に放られた。
けれど軽くはない私をあっさりと抱きとめたエリオットはなおも笑いながら私を抱きしめ、ダンスでもするように、ぐるぐると回る。
私はぶんぶん振り回されながら、
――これは、あの名技、大車輪!?
いや、どうでもいいや。
「良かったな、ナノ。本当に良かった!」
心の底から喜んでくれている。私のせいであれだけ迷惑をこうむったというのに。

ここは本当に不思議な世界だ。人の心も何もかも。

……エリオットの身体の中から聞こえる『時計の音』を聞きながら、私はそう思っていた。


会う人会う人に謝り、特に責められもせず、もやもやを抱えたまま私はブラッドの部屋の前に着いた。
さりとて入る勇気もなくうろうろしていると、
「入りたまえ、ナノ」
「は、はい」
何で室内から外の私が分かったか、なんて聞いても無駄だろう。
私は部屋の主の招きに応じて、そーっと中に入った。
療養している間、ブラッドは一度も姿を見せなかった。
彼の話を聞かなくても、ブラッドが私のことを深く深く怒っていることくらい分かった。
――こんなにいろんな人に迷惑をかけるなら、お城に行くんじゃなかったですね。
今頃、今頃になってそんなことを思う。
でもあのときの私は『紅茶をブラッドのために手に入れたい』以外に考えなかった。
「座りなさい、話がある」
「はい……」
私は緊張で身体が縮む思いで、言われるままソファに腰かけた。
目の前のテーブルには、あの紅茶の缶がある。
ブラッドにあげたのにまだ飲んでいないようだった。

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