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■季節の終わり・6


そして扉を閉めた。
「入らないんだ」
白のジョーカーさんはガッカリしたようだった。
「入らないですよ?」
当たり前だと白のジョーカーさんに言う。
「じゃあ、仕方がないか。最後のチャンスだったのに」
残念そうに言い彼は鞭を構え直す。
「もう来ないですよ、こんな場所には」
「そうかな?でも見てみなよ」
ジョーカーさんは意地悪そうに檻の中を鞭で示す。
「あ……」
絶句する。檻の中には、またあの玉露が入っていた。
そして、一度それを見ると取りたくて仕方なくなった。
「つまらない紅茶や珈琲の腕と引き替えに、また捕らわれちゃったんだ。
せっかくジョーカーが身を挺して自由になるチャンスをくれたのにね。
可哀相なジョーカー。そして可哀相なナノ」
「…………」
けれどそれ以上は言わず、私に背を向けてどこかに歩き出す。
「どこに行くんですか?」
するとちょっと振り返り、
「君のために、最後の最後までとどまってたけどね。本当は、俺は忙しいんだ」
私は立ち去るジョーカーを見送る。
もう少しで見えなくなるというところで、最後にホワイトさんは私を振り返り、
「また会おう、囚人さん」
この上なく不愉快な笑みを浮かべ、そして今度こそ振り返らずに闇の奥に消えた。
けれど私は檻の中の玉露にホッとする。そして宙を見、呟いた。

「季節が巡り来れば、またあなたにも会えますね、ジョーカー」

答えは返らない。でもいずれ返ることを知っている。
「よいしょ……」
そして私は檻の前に腹ばいになり、玉露が取れないか精一杯手を伸ばす。
無人の監獄で、無限の時の中で、無駄な努力を。
そして、何かが手の先に触れた気がした。
私はそれを逃さず、力一杯握りしめ、引き寄せた。

…………
「ん……」
目を開ける。
「あれ……?」
頬に違和感を抱き、指でこすると、濡れていた。
「あれ、あれ……?」
何だっけ。何で泣いているんだろう。
嬉しい夢と悲しい夢を見ていた気がする。
「うわ、私、何てところで寝てますか」
床に腹ばいになって寝ていた。誰かが見たら白チョークで周りを囲むとか、悪趣味な
悪戯をするところだ。
と、そこで自分の手の違和感にも気づく。
「あれ?」
砂時計を持っていた。手に跡がつくくらい、しっかりと握りしめていた。
そう。時間帯を変えるものではない、誰かにもらった、手作りの本物の砂時計。
「そうだ。寝る前にドリルを解いていたんですね」
うんうんとうなずき、立ち上がる。
「い、痛……」
どれだけ寝ていましたか、私。
背中が痛くて痛くて。
そして、プレハブの窓が開いていることに気がついた。
「うわ。早く閉めないと、また雪が吹き込んじゃうのに……あれ……?」
――雪なんて降るわけないじゃないですか。何言ってますか、自分。
立ち上がったまま頭をかき、何となくプレハブの外に出る。
「…………良い天気ですね。いつも良い天気だけど」
夜の時間帯のクローバーの塔は、ライトアップされ、荘厳の一言に尽きる。
「あ、グレイだ!」
塔の廊下を、大量の書類を抱えたグレイがきびきびと歩いている。
私は店の前から大きく振る。
けど、動体視力に優れたグレイも、さすがに夜は私のことが分からない。
やがて窓辺を通りすぎ、見えなくなってしまう。
私は諦め、乾いた地面を踏んで店のワゴンに行く。
けどワゴンはどこにも無かった。
「あ、そうか。レンタル品だからあれは遊園地の所属でしたっけ」
そして言葉を切る。
「…………」
――あれ?私、いつワゴンを借りたんでしたっけ……。
どうも記憶があいまいだ。寝過ぎたんだろうか。
それにしても他にいろいろ違和感がある。
本当はもう少し寒かった気がするし、周囲の景色も違っている気がする。
でも、この夜が明けるまでは何も分からない。

それに、何だかさっきからこみ上げるものがある。
悲しいことは何一つないはずなのに。
大切な人に、大切なことを伝えられなかったような……

「お嬢さん」
「っ!!」
声をかけられ、顔を上げる。

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