続き→ トップへ 小説目次へ ■季節の終わり・5 「……ユリウス!」 片づけをしていた役持ちの人たちが、私の声に振り向く。 「ユリウス、ユリウスが来てないです!」 けどエースが『ああ』という顔をしただけで、後の役持ちは関心が無さそうだった。 ペーターも、 「いちおう招待状は出しましたよ。でも奴は有名な引きこもりだ。 催しでさえ来たがらない男が、来るわけないでしょう」 役持ちは役持ちに対し、無関心だ。 でも私には大切な人だ。 ユリウスはこの風景の中にいなければいけない人だ。 だから言う。 「私、今から呼びに行ってきます。まだ間に合うかも!」 宣言すると、さすがにみんな驚いたようだった。 「ナノ。春の領土からクローバーの塔まで、かなり離れているんですよ?」 「ボリスだって寝てるよ。空間をつなげてくれないんだよ?」 チェシャ猫は、マタタビティーの飲み過ぎで完全に爆睡していた。 もう水をかぶっても起きないだろう。 ワゴンも、運転可能な状態まで戻すだけで数時間帯作業だ。 「走って行きます。ユリウスを呼んできます!」 「ナノ。もうパーティーは終わりなんだぜ?絶対に間に合わない。 ユリウスは仲間外れなんか気にしないって」 エースまでが私をなだめにかかる。 「ダメです。ユリウスは、私の珈琲の味が落ちてるって言ってたから……。 だから、どうしても来て欲しい……すみません。後で片づけに戻ります!」 「ナノっ!」 呼び止められたけど、構わずに走り出した。 ………… 「はあ……はあ……」 夕暮れが続く。 庭園の迷宮を下り、坂道を下り、街道を抜け、クローバーの塔へ。 けど、汗をかくほど必死に走っても、クローバーの塔は一向に近づかない。 ――ユリウス……あなたに、いてほしかった……。 今も暖炉の火に当たりながら孤独に時計を修理しているのだろう。 「はあ……はあ……」 息が切れて途中で立ち止まる。 身体を折ってあえぐと、汗がポタポタと地面に落ちた。 「ユリウス……」 たまる熱を発散したくて、黒エプロンを脱ぎ捨て、また走り出す。 心臓が張り裂けそう。全身の筋肉が休息を求め、悲鳴を上げている。 それでも何とか必死に走って走って走って。 足がどうにかなりそうになった頃、ようやくクローバーの領土へたどり着いた。 「はあ……はあ……」 街の人が何ごとかと驚いて見るのを無視して、全速力で街中を走る。 雪どけのぬかるみを、靴が濡れるのも構わず踏み、さらに走る。 「はあ……はあ……はあ……」 ――もう少し、あと少しで、クローバーの塔が……。 空が赤い。雪まで夕暮れ色に染まっている。 寂しい影が雪の上に落ち、塔に向かう私と逆に、みんなは家に帰る途中だ。 ――そうだ。もう、帰る時間なんだ……。 でもあと少しでクローバーの塔だ。 私は角を曲がり、自分の店があった場所の前を通ることにする。 そして思わず立ち止まった。 「え……?」 プレハブが。雪で潰れたはずのプレハブが元に戻っていた。 「グレイが、また建て直してくれたんですかね……」 ばくばくする心臓をなだめながら言う。 でも休むのは後だ。 私は店の前を通り、さらに走る。 塔に続く長い階段を上がって、いつか行き倒れた渡り道を抜け、まっすぐに中へ。 ――あと少し、あと少しで……。 走りすぎて痛む頭や、もつれる足を叱咤し、よろめきながら塔の長い階段を上がる。 ――ユリウス。どうしても、珈琲を飲んで欲しいんです。 もう間に合わないなら、彼の部屋で直接淹れればいい。 どうしても私の珈琲を飲んで欲しい。 私は大丈夫、心配しないでと、伝えたい。 「はあ、はあ、はあ……」 手すりにつかまり、必死に上がり、上を目指す。 恋をしているわけでもない、想いには応えられない。 ――でも、あなただけでも欠かすことは出来ない。 誰か一人が欠けたってダメだ。 髪は乱れ、全身は汗びっしょりで、服が張りついている。 でも格好なんかどうでもいい。 そして、ついにユリウスの部屋の扉が見えた。 ――良かった……。 私は泣きそうなほどに安堵して、一呼吸つく。 中の音は聞こえない。でも部屋の主はきっといる。 いつだって、待っていてくれる。 私は扉に手をかけ、かすれる声を必死に搾り出し、 「ユリウス!ハートのお城でパーティーをやってるんです。あなたも一緒に……」 そして扉を開けた。 7/9 続き→ トップへ 小説目次へ |