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■季節の終わり・4

夕刻は寂しい。
それがパーティー会場の夕刻となればなおさらだ。
そしてワゴンにもたれ、私は夕暮れの空を見上げている。

「……つ、疲れました……」
「はい、ナノ、あーん」
「あーん」
口を開けると、ペーターが甘いタルトタタンを入れてくれる。
「大盛況だった。よく頑張ったな、ナノ」
グレイが冷たいタオルで顔を拭いてくれる。エースはその横から、
「ナノ、マッサージしてあげようか?」
あんたは旅に出てろ。
「皆さん、手伝ってくれてありがとうございます……」
私は手伝ってくれた友人たちに微笑んだ。
そしてペーターの手を借りながら、フラフラと立ち上がり、会場を見た。
もう人もまばらだ。
用意された食べ物はほとんど無くなってしまい、自然閉会のようだ。
メイドさんたちが片づけに忙しく走り回っている。
一般の顔なしの人たちも帰り、役持ちの人についてきた部下や従業員さんたちも、
一足先に帰されたらしい。
あとは寂しい会場と、城の関係者、そして役持ちの人たち、私が残っている。

私は夕焼けに包まれた会場を寂しく見る。
そこに、ビバルディがやってきた。
「ナノ。でかしたな。紅茶の腕が戻ったと聞いた」
キングと共にやってきた女王ビバルディ。
「はい。自分でも何でなのかよく分からないんですけど……」
ただ、美味しいものを淹れたい、皆に飲んでほしいと、それだけだった。
何も考えずにそれだけ。それが良かったんだろうか。
「皆さんも、ありがとうございます」
周りの友人たちにもお礼を言う。
彼らは注文が終わってもワゴンの周囲に残り最後まで手伝ってくれた。
「君が自力で立ち直ったんだ、君自身の力だよ」
「私が夢の中でしっかり励ましたからな!……え?覚えてない?うう……」
「ですから、やはり大店舗を建設してですね、あなたは支配人として……」
「店を続けられるんだな。良かった。旅の目的地が一つ戻ったぜ」
「だからさ、何で他の奴らに淹れるんだよ。ブラッドだけに淹れるんでいいだろ?」
「お姉さん、屋敷をまた出ちゃうのかな?流れ的に出ちゃうよね」
「ボスがまた苛々して対抗組織をつぶしそうだね、兄弟」
「ふにゃあ〜マタタビティー、効き過ぎだよ、ナノ〜もうフラフラ……」
「新作の『ひまわりのタネ珈琲』、すっごく美味しかったよ!」
ワイワイガヤガヤ。
誰もが、微笑んで私を見てくれていた。
何だか恥ずかしくて真っ赤になって照れてしまう。
で、突っ立っていると、ビバルディが冷たく、
「だが、立て役者のわらわは、まだおまえの紅茶を飲んでおらぬ。はよう淹れぬか」
「あ!は、はい、今すぐ!」
ビバルディとキングさんの分を淹れるため、走り出す。すると、
「私もまだ飲んではいないな。ダージリンのファーストフラッシュだ」
私の店に見向きもせず、城の紅茶に張りついていたブラッドが尊大に言う。
「はあ、今すぐ……」
まあ、一応、現滞在先の主のリクエストだから仕方ない。
ワゴンを見ると、材料はほとんど無くなっていたが、全員にあと一杯ずつふるまえる
量はありそうだった。
黒エプロンを締め直し、みんなに頼む。
「すみません、手の空いている方はちょっと手伝っていただけますか?
ティーカップをテーブルに人数分並べて……」
「了解!」
「ナノ。砂糖やミルクは足りてますか?無ければすぐにお持ちします」
「一緒に片づけもするか。使う珈琲豆や紅茶缶以外は全部閉めるぞ」
「汚れてるカップはどうする?メイドに洗わせるぜ?」
「俺!お掃除得意!ゴミを片づけてあげるね!」
「ありがとう!」
私も気を引き締め、ワゴンで飲み物を淹れ始めた。

…………。
私はまた、一人で夕陽を眺めている。
役持ちの人たちは、少し離れた場所で、友人や知人と雑談をしながら、私の淹れた
ものを喜んで飲んでくれている。私は一人でそれを眺めている。
――こういう光景が、見たかったのかもしれないですね。
私自身が場の中心になるのではなく、皆が、私の淹れたものを風景として受け入れて
くれることを。ただ誰かの手助けになれば、気晴らしになればいい。
そのついでに自分もちょっぴり助けられると嬉しい。注目されたくない。
「一流の芸術家じゃないんだ。八割実力を出せりゃ御の字だろ?」
アイス珈琲を飲んでくれているゴーランドさんが言う。
「完璧主義になってたんだろうな。スランプの理由としては、よくあることだ」
「そうですね」
微笑む。そしてゴーランドさんと並んで、また夕陽を眺める。
「もう、終わってしまうんですね……」
「ああ。もうそろそろな……楽しかったよ。ワゴンは、遊園地で大事に保管する」
「ええ……」
二人の影が、長く草むらの上に伸びていく。
なぜか、涙がこぼれそうになった。
時間の狂うこの世界。
夕方の次に来るのは昼かもしれない。
なのに、なぜ夕焼けはいつもこんなに寂しいんだろう。
冷たい風が吹く。桜の散った桜の木が、若葉の枝を揺らしている。
――終わってしまう。こんなに終わってほしくないのに……。
「ナノ。最高の紅茶だったよ」
気がつくと、ビバルディが私の横にいて、両手を取っていた。
「噂に違わぬ味じゃった。もっと早く知っていれば、何度も呼び寄せていたのに」
そう言って額にキスをしてくれる。
「何度でもお淹れしますよ。だって私たち、もう友達じゃないですか」
「ああ。そうとも……そうだな」
夕焼けの似合う女王様の顔が一瞬、悲しそうに見えた。
「わしも、君の紅茶を今度ゆっくり飲みたいものだ。美味しかったよ」
「光栄です、王様」
あまり話したことのないキングに頭を下げる。
「これ、おまえまでこの子に色目を使うでない!首をはねるぞ!」
「う、うわ、落ち着けビバルディ!」
たちまちキングを牽制にかかるビバルディ。
広場に響く笑い声。満ち足りた時間。

――いえ、足りてない。何か残しているような。何かが欠けているような……。

焦りがじわじわと心を浸食する。
心静かにパーティーの終わりを皆と見届けたいのに、それに何かが足りない。
やがて役持ちの人たちも最後の珈琲や紅茶を飲み終え、本格的に片づけが始まる。

――何だろう、何かが足りない。一番大事な……。

立ち尽くす景色が、一瞬だけ監獄の風景に変わる。
そして思い出した。

「……ユリウス!」

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