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■季節の終わり・3

にぎやかな野外パーティーの会場から離れ、私はグレイのためにココアを淹れる。
無糖のココアパウダーと砂糖を鍋に入れ、少量のミルクを加えて混ぜ合わせる。
グレイは大人なので、お砂糖控えめ、パウダーは多めに。
で、よく練るとペースト状になる。なめらかに、きらきら光るのがきれい。
そうしたらお湯と牛乳をちょっとずつ加え、ダマにならないように混ぜていく。
んでもって、備え付けのコンロで火にかけ、塩をちょっと入れる。
弱火にかけながら、ココアと牛乳、お湯が混ざるように慎重に混ぜていく。
「…………」
で、沸騰直前の『ここだ!』というときに素早く火を止める。
カップに素早く注ぐと上品なチョコレートの香り。
はい、おいしいココアのできあがり。
『にゃあ』
着ぐるみの手でカップを乗せたソーサーをグレイに差し出す。
「ありがとう。ナノ。会計はここでいいかな?」
グレイが手を伸ばして会計箱に勝手にお金を入れようとする。
――え?そんな、お金はいいですよ!
慌てて手を振るけど、グレイは構わず、相場よりかなり多い金額を入れた。
――グレイ〜。
着ぐるみの中から睨むけれど、グレイはココアを飲む。
――うまく……出来てますか……?
私の胸にドクンと緊張が走った。一瞬の変化も見逃すまいとグレイを見据える。
しかし、カップから口を離したグレイは首をかしげ、
「前と変わりないと思うが……別に味は落ちていないよ」
――え?そ、そうなんですか?
拍子抜けする。
「俺は帽子屋や時計屋ほどのマニアではないが、ココアくらいは分かる。
以前と同じに、美味しいよ、ナノ」
――そんなはずは……。
優しく微笑まれ、混乱していると、
「ナノーっ!ああ、ナノ!ナノ!僕のナノっ!!」
テンションの高い白ウサギが、両手の皿にケーキを山盛りに積んで走ってきた。
いや、両手どころか腕、頭にまで乗せ、全力疾走。慣性の法則はどこに行った。
「お腹がすいたでしょう?あなたのために、ケーキをたくさん持ってきました!」
――ど、どうも。
『にゃあ』
そして腹黒ウサギはチラッとココア片手のグレイを見て、
「おや、あなたは淹れてもらうだけで突っ立っているんですか?
ナノを何一つねぎらおうとしないとは、気の利かない男ですね」
――小姑ですか、あんたは。
グレイもムッとしたようだったけど、大人だから挑発には乗らない。
「ケーキだけ持ってきても乗せる場所がないだろう」
ブツブツ言いながら、近くから適当なミニテーブルを持ってくる。
そこにペーターの持ってきたケーキ皿を乗せると、私に笑顔で、
「ナノ、どれにする?このミルクレープなど美味そうだ」
「あなたが持ってきたわけではないでしょう?
用が済んだのなら、主の世話でも行けばいい。ナノの邪魔ですよ!」
テーブルを持ってこさせておいて、露骨に嫌みったらしいペーター。
でもグレイは大人だから挑発には乗らない。
「俺は終わるまでナノと過ごすつもりだ。彼女の邪魔をするつもりはない」
「僕と彼女の邪魔だと言っているんです。馬の骨はどこかに行ってしまいなさい。
僕らは恋人同士、甘いひとときを過ごすんですから」
――いや、ちょっと待て。いつ恋人同士になった。
もちろんグレイは大人だから挑発には……
「やるか……?俺はナノを譲るつもりはない」
あ。『昔の俺』モードが出かけてる。
ナイフを抜く寸前だ。ペーターももちろん、
「あなたはエース君とブラッド=デュプレの次に目障りな男だ。
ナノの悩みにつけこみ、取り入ろうとするなど、断じて許しがたい!」
時計を銃に変えて、先手必勝を狙う。
――ちょっと、ちょっと!店の前で止めてくださいよ!
『にゃあ!にゃあ!』
「聞いただろう。ナノは俺の味方だ。俺を全面的に支持すると言ってくれている」
――いえ、言ってませんし!
『にゃあ!ふにゃあ!』
「聞きましたか?今ちゃんと、僕を愛してくれていると言いました。この下らない
パーティーが終わったら、教会に行って式を挙げてくれると!」
――言うか、そんなこと!
放っておくとどんどん発言を曲解されそうなので、仕方なく被り物を脱ぐ。
あー、呼吸が楽。というわけで、
「ペーター、ご注文は何ですか?」
するとウサギさんは電撃より早く反射し、
「もちろん!あなたの淹れる紅茶なら何でも!!」
「ならそこに座って待っていて下さい。今淹れますから」
「はい!」
立ちどころに大人しくなり、ちょこんと椅子を引いて席に座るペーター。
臨戦態勢のままのグレイは少し驚いたようで、
「さすがだな、ナノ」
「グレイはどうなさいます?二杯目のココアを淹れますか?落ちたやつの代わりに」
「っ!」
ハッとして手元を見るグレイ。ペーターとのやりとりでカッとなり、地面に落として
しまったのだ。顔を赤らめ、申し訳なさそうに、
「頼む。金はちゃんと払うから」
「別にいいですよ」
笑うと、ペーターとグレイのために淹れ出した。
「ナノ、それじゃあ俺は珈琲を頼むぜ」
「は?」
「騎士か……」
「エース君……」
グレイとペーターがそっくり同じ表情で、ヒョコッと現れたエースを見ている。
「あははは。迷って君の店にたどりつくなんて、運がいいぜ。運命だな。
ほら、初めて会ったときも……」
「もう、それはいいですから!」
その後の、設定の破綻具合は気になるけど、今はそれどころじゃない。

そして、どうにか三人分を淹れ終えたころ、息つく間もなく、
「ナノ!俺にも珈琲を淹れてよ!」
「俺、マタタビティーね!」
「お姉さん!」
「お姉さん〜!」
「え?ええ!?」
とりあえず腹を軽く満たしたらしい役持ちが次から次にやってくる。
そして、それにつられるように、顔なしの人たちもこっちに注目しだしてきた。
「ねえ、あの着ぐるみの子の店、美味しいの?」
「さあ……でも役持ちがたくさん来てるからきっと美味いんだろ」
「行ってみようぜ」
などというささやきが聞こえ始める。
「わ……い、急がないと!」
にわかに混乱する私を、知り合いは十分に理解していた。
「ナノ、注文の処理と会計は俺がやろう」
「雑用なら俺も手伝えるぜ」
「僕はクレームをつける客を撃ちますね」
一名を除き、彼らは飲料を手早く飲むと、ワゴンの中に入り、手伝いに来てくれた。
グレイは頼もしく、
「ナノ。君は淹れることに集中してくれ。
料理と同じで正しい手順で淹れていけば、失敗はないはずだ」
「はい」
正しい手順でも失敗する人に言われたことは、気にしない。
とにかく注文は増え続けている。
――もう、この着ぐるみ邪魔ですね。
動きに邪魔な着ぐるみをさっさと脱ぐと外に放り、普段着になる。
「はい、黒エプロン」
すかさずエースが、ワゴンに用意されていた私用のエプロンを放る。
「ありがとう、エース」
しっかりと受け取り、後ろを締め、ホコリをはらい、顔を上げる。
――よし……っ!
何だか久しぶりに気合いが入ってきた。
もう紅茶を淹れられなくなった原因とか、自分の才能なんかどうでもいい。
休息は十分すぎるほどに取った。
ビバルディや皆が私を心配して集まってくれた。

あとは波にまかせて、全力を尽くすのみ。

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