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■季節の終わり・2

みんなは歓声を上げて会場を見回す。
桜の季節はほとんど終わっていても、野の花はまだまだ盛り。
美しい花々が、周囲に、テーブルに競うように咲き誇り、宴席を飾り立てている。
そして豪華な装飾の施されたテーブルの上には、あらゆる菓子が並んでいた。
花に劣らず色とりどりにデコレーションされ、存在感を競うケーキ。スコーンに、
ワッフル、パリブレスト、プディング、パイ、タルト、クーヘン、クグロフ、ムース、
ショコラ、マドレーヌ、マカロン……
――うう。羅列するだけでお腹いっぱいになってきました……。
「やったあ!タダで食べ放題だよ、兄弟」
「重箱に入れて持って帰っていいのかな?兄弟」
「おお、モンブランが!待て!その一番大きいのは私のだぞ!」
セコいことを言いつつ、お子様二人とお子様の夢魔は、スイーツの席に一目散。
もちろん肉料理や魚料理、オードブルも各種、取りそろえてある。
「お魚さん!お魚さん!」
「うわ!チーズがこんなにたくさんあるっ!」
「お、ニンジンスティックか!」
動物さんたちはさっそく食い物に走っていった。
「うーん、ウサギ料理ってあるのかな」
物騒なことを言いつつ、騎士は……早くも迷子になり出し、会場の外に歩いて行く。
むろん、止める人は誰一人いない。
けど、テーブルの中でもっともスペースを占めるのはもちろん……
「ああ、城の秘蔵の紅茶が……」
生者を狙う亡霊のような足取りで、ブラッドが宴席に吸い寄せられていった。
そう。もちろんティーパーティーなので主役は紅茶だ。
一般的な品からレア物の稀少品まで。各種紅茶が惜しげもなく出されているようだ。
たくさんのメイドさんたちは、ビシッと背筋を正し、茶器具を手に控えている。
――本当にすごい……どれから食べたらいいですかね。
着ぐるみの中ではしゃぎ、私はスイーツに目を光らせる。
何しろパーティーに来ているのは役持ちの人たちだけではない。
会場には大勢の人が招かれていた。
それぞれの領土の部下や臣下や従業員さん。貴族だかよく分からないけど、一般の人
も多いようだ。
女王は開演の挨拶も何もなく、さっさと席に座って紅茶を淹れさせている。
気まぐれなビバルディらしく、勝手に始め、勝手にお開きという感じなんだろう。
席も決まっておらず、座って食べても、立って食べてもいいらしい。
――なら私も早くしないと。
適当にスイーツを取ろうとすると、
「あ、ナノ。ちょっと来てくれ」
その前に、ゴーランドさんに手招きされた。
『にゃ?』
「こっちこっち。あんたも喜ぶって」
宝物を見せる子どもの笑み。お世話になった人なので、私も後についていく。
――ああ、狙ってたザッハ・トルテを取られた……。
ちょっと悲しげにスイーツの席を振り向きつつ。

ゴーランドさんは、ティーパーティーから少し離れた場所に私を導いた。
――あ、ワゴンだ!
私の店名入りの、あの移動式ワゴン。わざわざ持ってきてくれたらしい。
「ここなら!あんたも思う存分淹れられるだろ!遠慮無く使ってくれ!」
好意は嬉しいけど、戸惑ってしまう。
――でもゴーランドさん。私は今、紅茶をちょっと淹れられなくて……。
『にゃ、にゃあ』
「お礼なんていいって!あんたの役に立てるなら俺は幸せだ!」
――い、いえ。ありがたくは思いますが、その前に私も食べたいし……
『にゃあにゃあ!』
「あんたの持ち場で頑張ってくれよ、ナノ!応援してるぜ!」
必死に否定するも、ゴーランドさんは手を振って食事のテーブルに去って行った。
後には、ワゴンにポツリと残された私だけがいた。
目の前の会場では、にぎやかに楽しげに飲み食いするたくさんの人々。
――そ、そんな……。
深く、深くため息をつく。今からでも戻ろうか……。
「…………」
私はチラッとワゴンを見る。徹底的に管理され、ティーポットも珈琲メーカーも、
ホコリ一つない。用意されている豆や茶葉も、会場の秘蔵品ほどではないけれど、
相当にいいものだった。
やがてあきらめて肩を落とす。
――まあ、いいです。どうせ誰も来ないでしょうし。
練習がてら、のんびり作るのもいいか。これもリハビリ。
着ぐるみの私は、しおしおとワゴンの内側に入る。
そして器具を取るか取らないかのうちに、

「ココアを一つ」

――へ?
ワゴンの外を見ると、グレイが立って、微笑んでいた。
――グレイ、パーティーはいいんですか?
『にゃあ?』
「俺は君のそばにいたい。君のココアに勝る味は、他にないからな」
――はあ、また真顔でそんなことを言うんですから。
『にゃあ……』
「俺は本気で言っている。いつも、君しか見えていない」
――そういう文句はですね。私より可愛い女の子に言うべきですよ?
『にゃにゃあ?』
「君にしか言うつもりは無いな。他の女を口説くことなどありえない」
すまして言うグレイ。私は諦めて、自家製ココアの粉を取った。

――ていうか、何で着ぐるみの私の言ったことが分かるんですか、グレイ……。

ちょっとばかし戦慄した。

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