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■季節の終わり・1

その昼の時間帯。
ブラッドが部屋に戻って来て、ソファでゴロゴロする着ぐるみに言った。
「ナノ、行くぞ」
「お断りします」
即答した。

「…………」
しばらく沈黙があった。
「ナノ。私はどこに行くか、何も言っていないが」
「忙しいんですよ。邪魔しないでください」
「……心底からウザそうに言わないでくれないか。それと着ぐるみ姿で緑茶を淹れ、
忙しいと言われても納得しかねるものがあるのだが」
いいじゃない。被り物は取ってるんだから。
いちおうリハビリで緑茶から淹れている。結局善し悪しは分からないんだけど。
「最近は『帽子屋屋敷に正座して茶をすする化け猫が出る』という噂が立っている。
もう妖怪レベルだぞ、君は」
そんなこと言われたって。着る物くらいいいじゃない。
「××プレイも、××××も、××××××もやってあげたでしょう?」
十分にご主人さまの機嫌は取っただろう、と睨むと、
「やれやれ。私のそよかぜは、閉じ込められっぱなしで機嫌が悪いようだ。
ほら、散歩に行くぞ」
肩をすくめ、手招きする。
最終的にブラッドには逆らえないので、私も渋々茶器を置く。
「それで、どこへ行くんですか?」
するとブラッドは着ぐるみの私の手を取りながら、私に劣らず嫌そうに言った。
「季節の終わりのティー・パーティーだ」

…………。
春の領土は、完全に桜が散っていた。
――葉桜じゃないですか。
『……にゃあ』
猫の着ぐるみをすっぽり被り、抗議するようにブラッドの腕をつつく。
すると我らがボスは、苦笑いで、
「ナノ。そろそろ着ぐるみに飽きてくれないか。
さすがに私と言えど顔なしの視線が痛いときもある」
そう。私はずっと着ぐるみで来てしまった。
「帽子屋の領土からここに来るまで、ほとんど見世物だったよな」
「お姉さん、今回は着ぐるみの中で、ちゃんと服を着てて残念だよ」
「ていうか、お姉さん。何でピアニカを持ってるの?」
スーツ姿のでかい双子は、例によって話がズレている。
お供の使用人さんたちもなぜか疲れた顔だった。
――どこまで行くんですか?
『にゃにゃ?』
というか帽子屋ファミリーが、そろいもそろって他領土に乗り込んでいいんだろうか。
「……こっちだ」
ブラッドに導かれ、私たちは葉桜の中を進み……
――え?
「ナノーっ!遅いですよ!待ちかねましたよ!!」
跳ねるように出迎えてきたのはペーター。
春の領土だから、それはいいとして、他にも走り寄ってきた影があった。
「ナノ!着ぐるみにハマッたって本当だったんだ。
やっぱり猫になりたくなったんだろ?猫は最高だよね」
「ネズミに対する裏切りだよ!猫の着ぐるみだなんて!」
「お!ピアニカじゃねえか!俺のバイオリンと合奏するか!?」
――ボリス、ピアス、それにゴーランドさん!?
知り合いは彼らだけでは無かった。
「ナノ、久しぶりだな!四季は楽しんでいるか?」
ふわふわと飛んできたナイトメア。
「可愛い……癒やされる……帽子屋の贈り物というのは気に入らないが……。
だが可愛い物には罪がない。ああ、可愛い……懐かせたい……」
なぜか木の陰に隠れてブツブツとこちらをうかがっているグレイ。
「ナノ、久しぶり。ちょっと太った?」
会うなり失礼極まりないことを言ってくる相手は一人しかいない。
というか着ぐるみで太ったも何もないだろう。
「騎士!てめえ!うちの姐さんに散々ちょっかい出したらしいな!」
『ふにゃあ!』
銃を出したエリオットの陰に隠れ、私もファイティング・ポーズでエースに立ち向かう。
「あははは!ウサギと猫に好かれるなんて、俺、本当に懐かれやすいよな」
笑っている割に、エースも剣を抜き、臨戦態勢。
ちなみにグレイはまだ木の陰で、そーっと私をうかがっている。ちょっと怖い。
「こら、止めぬか!」
二人の間に割って入ってきたのは、キングを従えたビバルディだった。
私は慌てて彼女に駆け寄る。
『に、にゃあ!?』
――何で色んな領土の役持ちの人たちが勢揃いしてるんですか!?
女王様はすぐに分かってくれた。
「季節の終わりをおまえと過ごしたいと思ってな。おまえを心配している者に声を
かけ、招集させたのじゃ」
形の良い胸を張り、ビバルディは得意げだった。
「何を手柄顔で。お嬢さんの気晴らしのために来てやっただけだ」
「ま、そういうことだな。みんなナノのために集まったんだ」
嫌そうに睨むブラッド。あとゴーランドさん。けれど女王は軽やかに無視し、
「さあ、おいでナノ。おまえのためにパーティーの準備をさせた」
――ビバルディ……みんな、私のために、こんなお祭りを……。
優しい友達にちょっと目が潤みそうになる。

そして役持ちだらけの豪華な一行は葉桜の並木を歩いた。
歩いて歩いて、やがて開けた広場に出る。
――うわあ……。
そこには大規模なティー・パーティーの会場になっていた。

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