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■女王・下

でも私は微笑んで首を横にふる。
「本当にありがとう。ビバルディ。でも、もう少し頑張ってみたいんです」
考えた末に言った。案の定、ビバルディは不満そうだ。
「言うことを聞かない子だね。おまえが拒もうと無理やりにでも……」
言いかけて言葉を切る。
「いや……そうだね。おまえはいつも笑顔だが、容易に心を開かぬ子。
もうすぐ季節も終わる。笑顔に安心して、置いていくことになれば可哀相だ」
「?」
ビバルディは下から私の頬を撫でる。
「おまえのせいではないが、おまえのせいだよ。
奴の愚痴の一部でも聞かせてやりたいよ。悪夢の攻略対象だと言っていたな」
「奴……?」
ブラッドのことだろうか。他に該当者もいない。
もしかしてここは二人の密会の場?
いや、でも二人は恋人同士にはあんまり見えないというか、むしろ……。
ビバルディは私の戸惑いに構わず続ける。
「口説いても口説いても、金でも力でも、愛でさえもなびかぬ、と嘆いていたな。
少しは懐いたかと思ったら全員に、同等かそれ以上の好意を寄せている始末。
捕らえるのに苦労するが一瞬でも目を離すといなくなっている。
あの、のんびりした所作や笑顔は獲物を落とすための罠だと」
――ブラッド……あなたの目に私はどう映ってるんですか。
というか、他人をとやかく言う前に、まず自分の所行について反省してほしい。
「それで、おまえは奴に捕らえられ、苦労しているのか」
「あと、それと紅茶の腕が落ちたということが一番の悩みで」
ビバルディは膝の上から起き上がると、並んで、着ぐるみの私を抱き寄せる。
「なら、何か出来ることはないか?手助け出来ることなら何でもしてやるぞ?」
「うーん、ご領地での営業許可と、たまに紅茶を借りに行きたいということくらいですかね」
「紅茶?」
「ええ。私の腕が元に戻ったら、前提なんですけどね」
自虐的に笑う。
グレイには話をつけてある。帽子屋、クローバーの塔、ハートの城、それぞれに、
こちらの紅茶を保管させてもらい、その領地に商売に行くとき、使わせてもらう。
「所属はあくまで時計塔。普段は定住地を持たず、いろんな領地を巡るんです。
そうして、行く先々で、置かせてもらってる紅茶や珈琲を使って商売して。
そういうのも楽しいかなって」
この国が徒歩で歩き回れるほど狭いから出来ることだ。
「行商に近いな。おまえ……エースに似てきたんじゃないか?」
呆れたように言われた。
「あはは……あとは、前みたいに淹れられるようになったらいいなって」
頭をかくしかない。まあ、味が落ちたことで全ての前提がダメになって困っている。

「ふむ。まあ、おまえの噂にはいろいろ楽しませてもらったからね。
褒美も兼ねて、力になってやりたいものじゃ」
どんな噂だ、どんな……。
けどビバルディは私のために真剣に考えてくれているらしい。顔を上げ、私に微笑む。
「ナノ。いいことを思いついた。わらわに任せておおき」
「え?どうするんです?」
「秘密じゃ。しばし待っておれ。とにかく、今度おまえに紅茶を淹れてもらう」
いきなり言われて驚いた。女王様に紅茶を淹れる。
まだ敷居が高い気がする。
「ビバルディ、私の紅茶の味は、まだ……」
するどビバルディは女王らしく厳しい目で私を見た。
「ナノ、いつかは腕を元に戻したいのだろう?」
「ええ、それはまあ。才能はないみたいですけど」
熱が冷め、もうダメなんじゃないかとさえ思う。でもあきらめきれない。
「元の腕前に戻るとき、おまえは紅茶を淹れているか?淹れておらぬか?」
「そりゃ、淹れてますよ」
淹れずに、どう腕を戻すというのか。
「なら、妙なことで悩むのは止めて、まず一杯を淹れてみるのじゃ」
「え……ええ?」
前向きすぎる解決法に戸惑う。でもビバルディはさっさと立ち上がる。
「よし、城に帰ってすぐに準備させよう。エイプリル・シーズンの終わりにこんな
楽しいことが起こるとはな。やはりおまえは面白い子だ、ナノ」
「でも、何回淹れてもダメだったんですよ?私、紅茶の才能なんか無くて……」
「なら一から味を学び直せば良い。ここでは時間など意味はない」
おまえの腕が戻るまで待たせれば良い、と微笑まれた。
「それに、わらわはおまえの紅茶は一度も飲んだことがないのだぞ?
味の上下など、元から分かるものか」

「あ……」
あ。そういえば。一度もビバルディに紅茶を淹れたことがなかったっけ。
ビバルディは格好良く私に手をさしのべ、立ち上がらせてくれた。
「何をしてもダメなら、本当に城に来い。季節が許す限り、城のメイドたちに一から
教えさせてあげよう」
頼もしい女王様に、こちらも笑顔になる。
「ビバルディ。あの、ずっと避けててごめんなさい。これから、友達として、もっと
会いに行っていいですか?」
するとビバルディは本当に嬉しそうに何度もうなずく。
「ああ、もちろんだよ。女同士もっと仲良くしよう。今度、泊まりにおいで」
――仲良くって……そっちの意味じゃないですよね。
女の子のお泊まりだ、お泊まり、と自分を戒める。

美しい薔薇園の中。
女王様と着ぐるみの少女は手を取り合い、改めて友達になったのだった。

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