続き→ トップへ 小説目次へ ■女王・上 その時間帯の帽子屋屋敷は、やわらかな秋の陽光に包まれていた。 とはいえ、感じる空気には少しずつ冷たさが混じっている。 私はネコの着ぐるみのまま、落ち葉の絨毯の上をとてとてと歩く。 ブラッドとの取引で手に入れたネコの着ぐるみ。 最初は何となく可愛いから着ていたけど、そのうちずっと着用するようになった。 嘆かれようと笑われようと、どうもこれが落ち着くのだ。 でも通りすがる使用人さんたちは直してほしいらしい。 「お嬢さま〜。出来れば普通の格好で……」 「普通のお洋服を着ましょうよ、お嬢さま〜」 『ふにゃあ』 適当に答え、使用人さんの嘆きを無視して庭園を歩く。 ガサガサと落ち葉を踏み越え、ある場所へと向かった。 ………… ――ここは、秋だろうと季節が変わろうと、そのままですよね。 私は薔薇園に分け入り、何となく芝生の上に座る。 『ふにゃあ……』 着ぐるみの中で大あくびし、丸まった。 ――でも、これからどうしよう……。 ハッキリ言って、このままだと本当に帽子屋屋敷に永久滞在となってしまう。 相変わらずブラッドは私を屋敷の外に出してくれないし、唯一の頼みのボリスも、 二度の私の連れ去りで、警戒されているからか、来てくれない。 ――だけど、出られたところでどうすればいいのやら。 未だにやる気が戻らない。 けどこのままだと、強制的に帽子屋滞在になってしまうので、脱出の手段として、 紅茶を淹れている。淹れ続けているけど、評価は最低だ。 まあ半ば惰性で淹れているから、回復が遅いのもやんぬるかな。 ――本当に、私はブラッドの物になるしかないんですかね……。 マフィアは怖い。マフィアのボスは優しいときもあれば残酷なときもある。 ブラッドは、私が頭がいいと見せかけ、周囲に認めさせたらしい。 あれがチートなのか、私が元々持っていた能力かは未だに不明のまま。 けど正直言って、ファミリーの女主人なんて柄じゃない。 鬱々と物思いにふけっていると、 「おや……?」 聞き覚えのある声がした。 着ぐるみのまま目を向けると、そこには、 「ここにいるということは……お……おまえ、ナノか?」 たおやかな紅のドレスに身を包んだ、女王ビバルディが立っていた。 ――ビバルディ! 私は走った。女王も大喜びで私を抱きしめる。 ――ビバルディ!あなたが何でここに!? いつか幻覚で彼女をここで見た気がする。 でも今は夢ではなく本物だ。 「ナノっ!可愛いおまえがもっと可愛くなって……ああ、ネコはいい」 『にゃあ!ふにゃあ!』 この女王様のことはずっと苦手で、どちらかというと避けていた。 でも久しぶりに会うと、女友達に会ったように懐かしい。 「わらわに一度も会いに来ぬとは、けしからん。他の奴なら斬首刑じゃぞ?」 ――色々あったんですよ。 『ふにゃあ』 「……着ぐるみのおまえも可愛いが、やはりちゃんと人の言葉で話しておくれ」 『ふに?』 ………… とにかく、何で女王様がここにいるかは分からないけど、先に説明することにした。 頭の被り物を取った私は、女王様に膝枕をしてさしあげ、最近のことを話す。 「というわけで、いろいろがいろいろあって、いろいろだったんです」 もふもふの着ぐるみの膝に頭を乗せ、ビバルディはうっとりしている。 「そうかそうか。下らない男どもに翻弄されて苦労したんだねえ。 エースのことはいずれ首を斬ってやるから安心おし」 「ええ、お願いしますね。それで紅茶の腕の方もちょっと落ちてしまって……」 ――今、私、恐ろしい発言をサラリとしてしまったような……。 話を一通り聞いたビバルディは言った。 「ナノ。わらわの城に来ぬか?」 「え?」 膝の上を見ると、ビバルディは真顔だった。 「女のわらわに頼れば良かったのじゃ。わらわもハートの女王。 帽子屋やトカゲやエースごときに手は出させぬ。おまえを守ってあげる」 「うーん……」 考えた中では最高の選択肢だ。 飲み物へのモチベーションが衰えているなら、なおさら渡りに船だ。 「おまえがいれば退屈はせぬ。な、いいだろう?」 女王は女の子のように私にせがんだ。 1/9 続き→ トップへ 小説目次へ |