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■帽子屋・3

刻は月夜、涼しい夜風。
薔薇園のベンチに並んで座る、麗しい吸血鬼と着ぐるみのネコ。
……かなりシュールな光景だった。
――ブラッド。勝手に会場を出ていいんですか?
『ふにゃあ?』
「……とりあえず被り物をとりなさい、ナノ」
『中の人などいない!』と主張したいところではあったけど、このままでは会話が
出来ないので、仕方なく私は大きな頭部の被り物を取る。
「ああ、呼吸が楽ですね」
夜風に髪をなびかせ、大きく息を吐いた。
「下はどうやって脱ぐ?」
「ああ。後ろにチャックがあって……ブラッド」
さっそく手を伸ばしてきたブラッドから離れる。
「あの、私、この下は下着ですので……」
「なおのこと話が早いな」
笑いながら手を伸ばすので、こっちは一早くベンチから逃れ、
「吸血鬼にどうにかされる趣味はありませんよ!」
叫んで被り物をし、薔薇園に走り出す。
……が、数秒もしないで全身に薔薇が絡みついて身動き不可能になってしまった。
『に、にゃあ!ふにゃあっ!!』
悠々と近づいてきたブラッドは、再度被り物を取って遠くに放ると、笑う。
「着ぐるみをしてくれていて助かった。おかげで君の身体を傷つけず、捕らえる
ことが出来る」
――傷つけず……。

『ブラッドは、やろうと思えばそうすることも出来る。でもあんたが傷つく方法は
とりたくないって、少し反抗するくらいが可愛いって言って、見逃してるんだよ』

「……っ!」
エリオットの言葉を思い出し、抵抗していた私の動きが止まる。
「どうした、お嬢さん」
遊戯を楽しんでいる風だったブラッドは、訝しげな表情になる。
「な、何でもないです」
「だが怯えている。吸血鬼が怖いのか?」
「ちょっとだけ……」
私があんまり反抗していたら、ブラッドは本当に強硬手段に出るんだろうか。
「なら、君も闇夜の一員になればいい。ネコは魔女の使いだ。資格はあるさ」
顎をつかまれ、唇を重ねられた。
「ん……」
同時に背中のチャックを下ろされ、着ぐるみを全て下ろされる。
秋の夜風が肌をさし、少し震えていると、マントがかけられた。
「変身が解けてしまったな。暖めてやらないと」
そのまま、薔薇の茂みの中から両腕で身体を抱きかかえられ、近くの柔らかな草床に
横たえられる。ブラッドの手がさっそく腿のあたりを撫で、上にじりじりと上がって
行く。でも私は無抵抗で、まだ震えていた。
するとブラッドは再び動きを止める。
「どうした?お嬢さん。さっきから妙だな。まるで本当に私に怯えているようだ」
「いえ、その……何だか怖くて……いろいろと……」
そうとしか言いようが無い。エイプリル・シーズンで長いことブラッドと会わずに
いて、忘れかけていたマフィアの怖さをいろいろ思い出したのだ。
「……エリオットに脅されたか?」

「っ!?な、何で分かったんですか!?」
驚いてブラッドを凝視する。本当に読心の能力でもあるのではと思った。
けれどマフィアのボスは平然としている。
「エリオットが君を迎えに行き、その後、君が怯えた顔で出て来たというからな。
あいつは君が、懐かず居つかず寄りつかずでいることを、心配していた。
屋敷に住まなければどうなるかと、君を脅したことくらい想像がつくさ」
「……ていうか、部屋を監視してたんですか?」
「腹心を疑っているわけでは無いが、奴も一度は君を手に入れようとしていた。
君もまた、男には手が早いからな。毒牙にかかる可能性を考慮した」
……毒牙にかかるのは私なのかエリオットなのか激しく問いつめたい。
「なら……本当に、強硬手段に出たりすることはあるんですか」
それだけを聞きたい。人形には興味がないと、そこまでして手に入れる気はないと。
私を欲しているのなら、そう断言してほしい。
「そうならないよう、適度に機嫌を取って欲しいものだ」
「…………」
マフィアのボスは私を安心させてくれない。
私はいつでも彼の手の内で、本当のことを知らされるのは一番後だ。

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