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■帽子屋・2

「困りますよ、お嬢さま〜」
パーティーの更衣室で、私は使用人さんともめていた。
「あの……どうしてもあれがいいんです……」

私が指さしたハロウィン用の衣装。
本人が一目惚れしたものだというのに、使用人さんたちは頑として許可しない。
「ナノ様はボスがお選びになった衣装をお召しになってください〜」
「あれがいいのに……」
私は未練がましく、更衣室の仮装用衣装を見る。
「こちらの方が可愛いですよ〜」
使用人さんたちが私に見せる衣装は非の打ち所がない可愛い魔女の服。
それはそれでいいんだけど。
「あれが……あれがいいんです」
未練がましく、別の衣装にこだわる。
「まあ可愛いですものね〜」
「でも、あれを着たらナノ様のお顔が皆に見えませんよ〜」
「顔なんて見えなくていいです。どうしてもあれが着たいんです」
「ダメですよ。ナノ様〜」
使用人さんは埒があかないと思ったのだろう。
笑顔のまま魔女の衣装を持ち、近づいてくる。
「いえ、でもあれが気に入ったんですが……」
私も後じさりしつつ、使用人さんたちに懇願する。
「すぐブラッドの選んだ服を着ますから、一度だけあれを着たいんです。
お願いです。どうしても」
使用人さんたちは困ったように顔を見合わせる。
「ナノ様がワガママを仰るなんて珍しいですね〜」
「でも、ダメですよ〜」
やっぱり否定され、
「あ、ちょっと、何で両腕を押さえるんです。ねえ、一回だけでいいですから!」
使用人さんたちは笑顔のまま私に衣装を着せようとする。
しかし私の視線は一目惚れした『とある衣装』に釘付けだった。
「ナノ様、さあお着替えしましょう」
プチプチとボタンを外され、順当に下着姿にされていく。
「さあ、ナノ様」
魔女の衣装を目の前に晒され、私は首をふる。
そして、叫んだ。
「あの衣装が、『猫の着ぐるみ』がいいんですーっ!!」
「ナノ様っ!?」
「ちょっと、誰かナノ様を押さえて……!」
使用人さんの腕を振り払い、私は更衣室の隅の『猫の着ぐるみ』をひしと抱きしめた。

…………
――♪
私はご機嫌だ。
結局『何があっても私の責任にするから』と約束し、ボスの女の意志が通された。
――ええと、会場はどこでしたっけ。
猫の着ぐるみを着てご満悦の私は、もふもふ感に包まれ、会場を目指す。
通りすぎる人は私と気づかず、笑ったりこづいたりしてくる。
私も猫らしく手を振って愛想を振りまきながら歩く。
とはいえ、スーツ姿の人も多く、仮装している人もそうでない人も銃を持っている。
――……やっぱり、マフィアは嫌ですね。
肉球をぺたぺたと床につけながら歩く。

そして、やわらかな絨毯を踏んでいた猫の足が……気がつくと石畳を踏んでいる。

「マフィアが怖いって言いながら、近づいちゃうんだ」
隣を歩いているジョーカーさんが言う。
気がつくと、そこはもう監獄だ。だけどなぜか、あまり違和感がない。
監獄を並んで歩く猫と所長という、シュールすぎる構図。
「だって、無理に連れてこられるんですよ?」
「でも今は、今までで一番嫌だと思っている。
やっぱり君は監獄にいるべきだよ。ここが一番いい」
着ぐるみごしに頭を撫でられる感触。
ホワイトさん。白のジョーカーさん。
しゃべらず、もう少し表情を消せば、あの人そっくりになる。
「やっぱり、監獄を出るほどに、ここが一番落ち着くって思うだろ?」
「…………」
「前に進むって、楽じゃないよね。爬虫類に好きにされて処刑人に好きにされて、
マフィアのボスに好きにされて、他の脱獄囚に脅されて。
何となく疲れて、こっちが懐かしくなってきたんじゃない?」
ジョーカーさんと私は一つの檻の前に止まる。
開きっぱなしの扉、落ちている鎖、転がった鍵、何も無い檻。
「さ、入りなよ、ナノ」
ジョーカーさんは私を優しく促す。
「君がここにいれば、今は消えている『あいつ』にもまた会える。
ユリウスもお役人だ。引き離されてもここでなら会える」
「…………」
――引き離される……。
好きな人と、どうしていつまでも一緒にいられないんだろう。
世界は理不尽なことで満ちている。
「監獄の時間は永遠だ。変わることは無い」
「…………」
着ぐるみの猫はしゃべらない。
肉球の手で鉄格子をつかんでいる。

「っ!!」
後ろから蹴られて我に返る。
気がつくとパーティーの会場で、私はピアニカを持って立っていた。
あわてて振り返ると、仮装衣装に身を包んだ双子がいた。
「着ぐるみだよ兄弟。中にどんな間抜けな奴が入ってるんだろうね」
「小さいし、まん丸だし、切り刻んだら面白そうだね」
演奏していたピアニカを落としそうになり、あわてて抗議する。
――私ですよ!ナノです!
と言ったつもりだったのに、
『ふ……ふもっふ!』
発声スピーカーが特殊仕様なのか、妙な鳴き声に変換された。
「うわ、変な声でしゃべったよ、兄弟」
「これは退治しなきゃね」
楽しそうな顔で近づいてくる兄弟。
この着ぐるみ、予想外に大きいので身長から私と分からないらしい。
『ふ、ふもっふ、ふもっふーっ!』
私は悲鳴を上げて逃げ出した。けど着ぐるみなのでほとんどスピードが出ない。
会場のお客さんは窮地の私を指差し、呑気に笑っている。
……まあ、私だって実際に見たら笑うと思うけど。
「待て待て!」
「化け猫退治だ!」
――ほ、本当にまずいです!
本物の斧を振り回され、中身ごと頭をまっ二つに割られそうだ。
――だ、誰かあ……!
肉球でぺたぺたと走り回り、ついに知っている顔を見つけた。
「おや……」
ブラッドを囲んでいた取り巻きの人も、でかい着ぐるみの猫が猛ダッシュで走って
くるので、驚いたようだ。銃に手をかけている人もいたけどブラッドに制される。
――ブラッド、助けてください!
『に、にゃあ!にゃあっ!』
あ、音声が微妙に直った。
私は、ワイングラスを片手に持った、吸血鬼姿のブラッドの後ろに隠れる。
「ボス、どいてよ。化け猫退治をしてるんだ」
「今から切り刻むところなんだ。楽しいよ」
『にゃあ!にゃあ!』
何が楽しいんですか!とブラッドの後ろから、ピアニカを振り回しながら言う。
「動物虐待はよしなさい。それにこれは普通の猫では無い。魔女が魔法を使って、
猫に変身しているだけだ」
そう言って私の頭をなでる。
「だろう?ナノ」
「え……お姉さん?」
「中身はお姉さんなの!?」
双子は驚いたようだった。ブラッドはニヤニヤと、私を見ている。
――よ、よく私と分かりましたね。
とりあえずうなずいた。そして周囲の人々はもろにざわついた。
「え……ナノ様なんですか?」
「ええと、ナノ様、お、お似合いですよ?……ある意味」
「すごく頑張れば、お似合いに見えないこともないですよ?……ある意味」
「お似合いなような気がしないでもないですね……ある意味」
皆さん、ことごとく視線が泳いでおられます。というか『ある意味』って何すか。
とりあえずブラッドにお礼をしようと、ピアニカで『踏まれたネコの逆襲』を弾こうとした。
でも一小節も弾かないうちに
「その着ぐるみの手で無理に弾こうとしなくていい」
苦笑しつつピアニカを取られ、片づけさせられました。
ちなみに『踏まれたネコの逆襲』は『ネコふんじゃった』をリスペクトした曲です。
いや、本当に。
「せっかく衣装を用意させたのに、言うことを聞かない猫だ。来なさい、ナノ」

吸血鬼に命令され、無力なネコは注目を集めつつ、会場を後にした……。

4/7

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