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■三月ウサギ・下


「…………」
何だかエリオットが少し怖く見えた気がした。
すると私の顔を見たエリオットは慌てて言い直す。
「だから例えだよ、例え話!マジになるなよ!」
「…………そうですか」
例え話だ。例え。
「でも、今も想像することがある。ブラッドがもしかして、突然あんたに飽きたって
言い出したら、どうやって俺のものにするか」
低く言う大きなウサギさん。
「まず道具を用意する。手錠、首輪、鎖、×××、×××××……」
「は?」
まともに聞こえたのは最初の三つだけ。あとはもう口にして確認したくも無い。
というか最初の三つも十分に異常だ。
まさかとは思うけど、そっち方向の趣味が……?
問いただす前にエリオットが言う。
「あんたに屋敷を逃げ出すまでされたら。俺は短気だからな。時間をかけて口説く
なんて、最初からする気もねえよ」
私はエリオットから少し距離を取ろうとする。
でもなぜか動けない。ソファに縫い付けられたように身体が動かない。
まさかとは思うけど、物騒な道具の使い道は……。
「人の……人の心なんて簡単に変わらないですよ?」
「いいや変えられる。ブラッドはあんたに甘すぎて強硬手段に出られないだけだ」
断言された。

ブラッドにだって強硬手段に出られたことはかなりあったと思うけど……。
エリオットは私をじっと見ている。その目が怖くて仕方ない。
「簡単だ。ほんの少しの間、苦痛を我慢してもらうだけ。
それであんたは永久にブラッドか……俺だけしか見えないようになる」
「苦痛って……」
三月ウサギは笑う。可愛いとさえ思える無邪気な笑顔で、
「苦痛が強いほど短くてすむ。惚れてる女を拷問にかけるのは抵抗あるけどな」
――拷問?
スーツを着たウサギ耳のマフィアのお兄さん。いつかブラッドが『単純そうな頭の中
には、繊細な拷問のやり口も詰まっている』とも言っていた。
「簡単だ。あんたを××する。抵抗されようと泣きわめかれようとお構いなしにな。
おかしくなるくらい××する。
いや、本当におかしくなられたら困るから、その一歩前くらいまでやる」
「……あの、エリオット。もういいです。例えでも私をそう言われるのは……」
「次に、何も食わせず、眠らせない。ナイトメアに会われても厄介だからな。
仕事のときは部下に見晴らせ、寝そうになったら水をかけ、無理やりに起こす。
どうしても人手がなけりゃ鎖や手錠で縛り、一切身動きが取れないようにして光が
一切入らない空間に監禁する。そして俺が帰るまで何十時間帯でも放っておく」
「エリオット!本当に止めて!!」
「一番苦痛が強い方法で××し続ける。怪我をしようとどこか折ろうと、もちろん
治療はしない。あんたが完全に無抵抗になるまで、休息も食事も取らせない」
「エリオットっ!!」
私はブラッドか騒々しい双子が、この部屋に入ってきてくれないかと心底から願う。
けど、こんなときに限って誰もあらわれない。
エリオットは、私がいくら怒鳴ろうと、楽しそうに続ける。夢見るように、
「そうやって極限状態に追い込まれるとな。どんな強い人間でも、まともな判断は
完全に崩壊するんだ。
あとは従えば楽になる、拒めば逆戻りだと、繰り返し刷り込む。
××時間帯もすれば俺しか見えない、俺の言うことなら何でも聞くあんたがいる」
「それは、私の姿をした人形でしょう?そんな風に手に入れて、嬉しいですか?」
「だから例えだ。でも俺はマフィアだから、手っ取り早い方が好きなんだ。
その後で、いくらでも大事にして甘やかしてやるつもりだった」
「…………」
それは玩具を可愛がるのと全く変わらない。
「ブラッドは、やろうと思えばそうすることも出来る。でもあんたが傷つく方法は
とりたくないって、少し反抗するくらいが可愛いって言って、見逃してるんだよ」
沈黙を続ける。

「本当に、ブラッドがあんたに惚れてくれて良かったな」

私は返答しない。
「だからさ、もう少しブラッドを大事にしてくれよ。でなきゃブラッドか俺に……」
一度言葉を切る。
「俺たち二人に、死んだ方がマシな目にあわされるかもしれないぜ?」
三月ウサギ。『三月のウサギのように気が狂った』という英語の慣用句があるほど、
狂気の代名詞。
そしてここはマフィアの巣窟の最奥。

エリオットは私が苦戦していたドリルを取ると、分厚いそれを素手で引き裂いた。
私は何一つ身動きが取れず、紙くずになるまで裂かれるそれを見つめている。
エリオットはそれをつまらなそうに、さらに細かくちぎりながら、
「こんなもんが出来なくたって他の奴にやらせればいい。
紅茶なんて淹れられない方が、あんたも店をやれなくて好都合だ。
頭が悪くたって、ブラッドや俺や使用人が喜んでフォローする」
バラバラになった紙くずをつまらなそうに丸めて捨てる。
「だからパーティーが終わっても、ここを選んでくれるよな?ナノ」
それは脅迫だった。

私は動けない。弱いから、怯えて動けない。
「さ、そろそろ頃合いだ。パーティーに行こうぜ。ナノ」
手をさしのべられる。
優しい笑顔の後ろに隠されたものが恐ろしい。
でも手を取らない選択は出来ない。

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