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■三月ウサギ・中

「本当に、ブラッドがあんたに惚れてくれて良かった」
秋の香りをまとうエリオットは、しみじみと言う。
私は逃げるウサギ耳をこちょこちょしながら、
「そうですかね。他にもふさわしい女性はいると思いますよ」
忠誠心厚き腹心殿を刺激しないよう答える。すると、
「違う違う。あんたがマフィアを嫌っているから、ブラッドがあんたに惚れてくれて
良かった、って言ったんだ」
「は?」
意味不明。こればかりは頭の善し悪しでは無く本当に意味不明だ。
すると表情から読み取ったらしいエリオットは、私にかんで含めるように、
「だからさ。ブラッドはあんたに惚れてる。だからあんたがマフィアを嫌いだって
言って逃げたら、あんたにこっちに来させるよう策略を練るだろう?」
「まあ、そうですね」
雪で店が潰れる前は、私に店を閉めさせるよう、裏でいろいろやっていたらしい。
まさに迷惑千万。

「これが、俺だったらどうすると思う?もし俺があんたに惚れてたとしたら」

「は?エリオット、あなた、私が好きなんですか?」
思わずウサギさんを凝視する。けれどエリオットは笑いながら、
「まさか。腹心がボスの女に惚れるわけねえだろ。例えだよ、例え」
「ですよね」
いくら私が求められる世界といっても、こう誰からも好かれてはかなわない。
エイプリル・シーズンに至るまでエリオットはずっとブラッドの忠実な臣下で、私に
対しては……だいたい、問答無用でブラッドのところに連れて行く役回りだった。
仲良くしていたのは最初の頃だけ。その後はブラッドとの関係もあって、一歩引いた
態度で接されるのが普通だった。
こうして二人きりで話すこと自体、本当に久しぶりだ。

「でもエリオットが私を好きだなんて、そっちの方が想像がつかないですね」
すると、ちょっと沈黙があった。
「……なら、例えでも想像してみろよ。ほら、あんたがハートの国で帽子屋屋敷に
いたころのこと、覚えてるか?まだブラッドが前の女とつきあってたころ。
あんたが怪我して、俺と一緒のベッドで寝たこともあっただろ?」
「ああ。そんなこともありましたよね」
つい顔がほころぶ。ハートの城から紅茶を盗んだときの話だ。
まだ紅茶を淹れることも、男性を受け入れることも知らなかったときのこと。
無警戒にエリオットに抱きしめられ、安心しきって眠っていたものだ。
「あのとき、腕の中のあんたがすっかり気に入って、俺の女にしようか、考えていた
としたら?あの後、その話をブラッドにして。そうしたらブラッドもあんたを自分の
女にしようと考えていたと分かって、それで俺は引くことにしたとしたら」
「はあ……」
なんとまあ具体的な例えか。
「何か本当にエリオットが私を好きだったって勘違いしそうになりますね。
でも、もう一ひねりして、三角関係展開にならないんですか?」
忠誠心が高いのは結構だけど、黙って身を引くんじゃドラマにならない。
「それはないな。俺はブラッドの邪魔はしねえ。部下だからな。
ブラッドより俺の方が、あんたを大事に出来るって思ってても、俺は引く」
即答が返ってきた。まあブラッドは物扱いだし。
たいていの人はブラッドよりは私を大事に……ええと、考えるの、よそう。
でもエリオットはブラッドの腹心……というより信者に近い。
例え話でも『惚れた女よりボス』と言い切るあたりが徹底している。

「でも、もしそのときブラッドが俺に、好きにしろって言ったとして。
俺があんたを無理にでも自分の女にしようとしたら、あんたどうする?」
頭を撫でられる。表情はどこまでも楽しそうなウサギさん。
けど今なら、言われている意味は理解出来る。およそ笑顔に似合わないことだ。
「…………逃げるでしょうね。ブラッドのときと同じに。マフィアはちょっと」
段階を踏まれようと段階をすっ飛ばされようと。
するとエリオットも自虐的に笑う。
「だよな。でもブラッドはあんたに逃げられたときも余裕だった。すぐあんたを、
こっちに来させるよう策略を練ってた。でも舞踏会で時計屋の野郎にだまされて、
全部投げちまったんだけど」
舞踏会のユリウスの狂言のことか。
あのとき、ユリウスの、あの後の言葉をもっと追及していたら……。
その思考をさえぎり、エリオットが言う。

「で、俺がもしあんたに手を出そうとして、あんたが逃げたら。
俺はどうすると思う?」


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