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■帽子屋屋敷・1

クローバーの領土を出た私は、風に吹かれてのんびり歩いていた。
ボリスたちとはプールの約束もあるし、ゴーランドさんに報告もしたい。
ハートの城はその後でいいかと、てくてく歩いていると。
「おーい、ナノーっ!」
道の向こうから声をかけられた。
「お姉さん!」
「お姉さん〜!」
「お嬢様〜」
「ナノ様〜」
エリオットにディーとダム、その他使用人さんや構成員の人たち。
何だか勢揃いの帽子屋の皆さんが、道の向こうから手を振っていた。
私もニコニコと、
「お久しぶりです。こんにちはー!!」
と手を振り、くるっと彼らに背を向ける。
そしてクラウチングスタートをし、逆方向に猛ダッシュをした……。

…………。
半時間帯後。
「捕獲、捕獲っと。ほら帽子屋屋敷に戻るぜ、おまえら」
「あううう……」
エリオットの肩に抱え上げられ、私はクテっと伸びていた。
帽子屋ファミリーの皆さんに散々追い回された末のことだった
「お姉さん、相変わらずチョロすぎだよね」
「呑気に領土の外に出るとか、ありえないよね」
私をちょいちょいとつつく双子の手をつかんでやろうと、抱え上げられながら、三人で遊んでいると。
エリオットが少し咎めるように言った。
「ナノ〜。また浮気したんだって?ブラッドがカンカンだったぜ?
ブラッドは女作らねえで、ナノが来るのを待ってたのに。
これで何人目だ?そんなにブラッド一人じゃ満足出来ねえのか?」
え。どこから情報が漏れましたか。ていうか浮気って誰のこと?
だ、ダメだ、心当たりが多すぎる!
――……そろそろ、人として終わりな境界線を越える気がします。

他の面々も口々に言う。
「お嬢様〜ボスの気を引きたいお気持ちは分かりますけど、ボスはもうお嬢様一筋
なんですよ〜?心配しなくても大丈夫ですよ〜」
「お姉さんって本っっ当にそうは見えないのに、ボスの歴代の女の中で、一番、男癖
が悪いよね。僕ら、ボスにちょっと同情するよ」
「悪女って大変だよね〜。僕らは浮気しない清純な女の人を恋人にするよ」
「…………」
否定したい。猛烈に否定したい。
マフィアの人々から、こうまで言われる私、一体どんな噂が立っている。
エリオットはざくざくと道を歩きながら、
「まあ、それはさておき」
さておくんだ。
「ナノが浮気するたびにブラッドが八つ当たりで対抗組織を潰しにかかるから、
構成員が総出で駆り出されてよ。ハロウィン・パーティーも、もっと早くやる予定
だったのに、エイプリル・シーズン終盤ギリギリになっちまったんだ」
あ。そういえば行く約束していたっけ。まだセーフだったんだ。
良かった良かった。

「よっと……」
エリオットに肩から下ろしてもらった。
とりあえず、逃げないからと約束して、やっと地面に下りられた。
「それよりナノ、聞いたぜ?」
「え?」
また浮気の話かと思ったら、エリオットが嬉しそうに私を見ていた。

「聞いたぜ。脱獄したんだってな、監獄っ!」

「あ……」
すると他の人たちも、思い出したというように、一斉に騒ぎ出した。
「脱獄、おめでとうございます、ナノ様!」
「監獄破り、ご成功おめでとうございます!」
何かしまいには囲まれて拍手をされた。
「ど、どうも……?」
疑問系で頭を下げてしまう。そういえば犯罪者集団だったっけ。この人ら。
エリオットは私の背中をばしばし叩き、
「これで、あんたも俺と同じ脱獄囚だな。
今度、一緒に酒でも飲みながら監獄の思い出話でもしようぜ」
「は、はは……」
自分に『脱獄囚』という肩書きがつく壮絶な違和感。
あと、そういえばエリオットも脱獄囚だったっけ。
「これだけハクがつけば、あんたが女主人でも、もう文句を言う奴はいねえな!」
エリオットは自分のことのように誇らしげだった。
「え……」
「俺たちも全力でお手伝いしますから〜」
「逆らう奴はあたしたちシメますから、何でも仰ってくださいね〜」
「えーと……」
双子も私にまとわりつく。
「お姉さんがこんなすごい人だって分かってたら、僕らもっと頑張ってたのに」
「ねえねえ。僕らのことも浮気相手にしない〜?」
「おい!姐さんにちょっかい出すんじゃねえよ!!」
エリオットはそんな悪ガキどもをはたきながら、
「だけどナノ、これからこういう手合いに注意しろよ。
ブラッドみたいに、もうあんたの愛人ってだけで名が売れる状態だからな」
「えーと、えーと……」
女脱獄囚。悪女。マフィアの女主人。男癖が悪い。
そういえば、クローバーの領土でも、街の人たちが道を空けてくれたりしたけど、
あれは悪い噂どうこうではなく、純粋に私を怖がって……?
「…………」
空は晴天、風はそよかぜ、私はファミリーの人々に祝福され、立ち尽くす。
頭にあるはただ一言。

――どうして、こうなった……。

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