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■時計屋・中

ユリウスはどっさりとテキストを渡してくれた。
「とりあえず、これからは寝る前に勉強しろ」
「はい……」
『さんすうドリル』を十数冊ほど持たされ、ついでにと、砂時計も渡された。
「砂時計はそこらへんに落ちているからいりませんよ?」
というか砂時計自体あまり使わない。するとユリウスは、
「いいや。これは本物の砂時計。私が作ったものだ」
「え……」
「あと、この本も持って行け。読む方は得意だったな。
おまえのために注文した経営学の本と、書店で見つけた珈琲の本と……」
「ちょっとちょっと、ユリウス!!」
殺傷能力がありそうな分厚い本を、ユリウスは次から次に本棚から抜いていく。
私はあわてて止めた。
「こんなにはいらないですよ!読みたいときに借りに行きますから!!」
けれどユリウスは手を止めない。購入してくれたらしい本を床に積み上げる。
「いいから持って行け。私に遠慮はするな」
「いえ遠慮というか、持ち帰るのが重いというか……」
ぼそぼそと呟いた言葉は無視された。
やがてドッサリと本を床に積んだユリウスは、
「とりあえず、これだけ持って行け。数字の勉強も忘れるなよ」
「はいです……算数の方は、また採点してくださいね」
するとユリウスは一瞬黙る。
「……ちゃんと、勉強するんだぞ」
――?
ユリウスは点数をつけるのが苦手なんだろうか。ンな馬鹿な。
それに何だかユリウスはいつもの彼と違い、様子が変だ。
この不思議の国ではほとんど見かけない仕草。

――まるで、あまり時間が無くて焦っているような……。

部屋のドアを開けての第一声も『遅い』だった。
――……まさか、ね。
「と、とりあえずちょっと置いておいてください。一人じゃ持てませんから」
お礼行脚は続くよどこまでも。この後ナイトメアに挨拶して、もう一度遊園地に戻り
ゴーランドさんに中間報告して、ハートの城にも顔を出さなきゃいけない。
領地が遠かったことも幸いしたけど、エイプリル・シーズンになってから、あまり
顔を出していない。向こうは向こうで忙しかったみたいだけど……正直、怖い。
「とりあえず行きますね」
肩を落としながらユリウスに背を向けようとすると、
「?」
先に進めない。不思議に思って振り返ると。
「え……あ……」
「ユリウス、何で手首をつかんでるんです?離してくださいよ」
「あ、ああ……」
そう言いながらユリウスは離さない。しっかりと私の手首をつかんでいる。
「ユリウス……何です?」
でもユリウスはそれ以上なにもしない。ボソボソと不明瞭な言葉を口の中で吐き、
私に言うこと無くまた黙る。ちょっと困ってしまう。
「ユリウス……」
「い、い、いや、だから、その……」
顔を近づけると視線をそらし、またも口の中でもごもご言っている。
何度かこちらを見て何か言いかけ、また視線をそらして顔を赤くする。
――……監獄では自信たっぷりに押し倒してきたくせに。
リードする女性がいなければ喜んで独身を貫くタイプか。
「ねえ、ユリウス……」
「ええと、その…あの……」
けれど、このまま永久運動をやられても困る。
こちらも忙しいし、ユリウスの仕事だって邪魔してしまっている。
「ナノ、だから、ええと……その……」
だんだん、苛々してきた。
――全く……これはこれで新手法ですよね。
私は、放っておけば永久にやっていそうなユリウスに向き直る。
「ユリウス。目を閉じて下さい」
「……っ!!」
そしてユリウスを抱きしめ、背のびをして、私の方からキスをした。
――監獄出て、少しすれましたかね、私。

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