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■トカゲ・上

天高く、入道雲の空は雪雲に変わりかけている。
「ナノ、もうすぐクローバーの塔だから上着を着た方がいいよ」
「はいですー」
私はワゴンの屋根に乗り、ガタゴトと揺られながら周囲の風景を眺めている。
運転席にはボリスがいる。
「すごいね。でもボリス。いつもみたいにスピードを早くしないの?」
そして助手席から可愛い声。ボリスはすぐにムッとしたように。
「馬鹿ネズミ、ナノの店なのにそんな危ない真似が出来るか!!」
何でだか助手席にピアス。互いにいじめ、いじめられながらも楽しそうだ。
……やっぱりこの二人、実は仲がいいんじゃなかろうか。
二人に言ったら高速で否定されるだろうけど。

私は試運転も兼ね、クローバーの領土までワゴンで送ってもらうことにした。
最初、自分の店(予定)だから自分で運転するのが筋な気もした。
けど元の世界では運転しなかったのか、運転も記憶喪失の範囲内なのか、運転席に
座っても何も思い出せなかった。アクセルとブレーキを踏み間違えた時点でボリスが
問答無用で運転席を横取り。私は屋根に乗って流れる風景を楽しむことにした。
――車なんて、ずいぶん久しぶりですね。
ゴーカートがあるから、車も製造可能なはずだ。
なのに、なぜだかこの世界の人はマフィアのボスだろうが塔の主だろうが、そろいも
そろって健康的に徒歩で移動する。
ゴトゴト揺られる感にセピア色の記憶が少し蘇り、私は目を細める。
ボリスは運転席から私に大声で言った。
「ナノ、今度、運転教えてあげるよ!最初は遊園地のゴーカートからね!」
「…………どうもです」
あの超改造ゴーカートは、このワゴンより遙かに危険な気がするのだけど。

…………。
「どうもありがとう!後で改めてまた行きますからねー!!」
「ナノ、一緒にプールだよー!約束だからねー!!」
「水着、きわどいの……いいのを選んでおいてあげるよ!!」
私は遠ざかるワゴンに手を振った。
二人も窓から顔を出し、手を……手は振り返さなくていいです。
脇見運転とか窓から顔を出すとか危険だから止めなさい。
あと『きわどい』って何だ。
「さて、と」
ワゴンが道を曲がって見えなくなり、私は手を下ろす。
とりあえず、クローバーの塔が仮拠点だ。
お店の跡地に、ゴーランドさんのワゴンを置かせてもらって早めに再開したい。
それについてナイトメアやユリウスと話し、もちろんグレイにもお礼を言いたい。
「さて、塔に行きますか」
吐く息が白い。空からは雪がちらつく中、私は歩き出した。

「わあ、可愛い雪だるま!」
私はニコニコと街の人たちの作品に見入る。
簡単な雪だるまから、本格的な力作、さらにはイルミネーションまで見ているだけで
楽しい。だけど雪祭りももう終わっている。
溶けたままの雪像も多く、行き交う人はまばらだった。
しかし気のせいか、街の人たちがちょっと変だ。
私と目が合うとなぜか目をそらしたり、ヒソヒソやったり道を空けてくれたり。
――?また変な噂でも立ったんですかね。
まあ、害がないなら陰口なんか気にしない。
道を空けてくれるならありがたい、と気にせず進む。
――カマクラのコタツ、入りたかったですね。
少し寂しく思いながら私は店の方へ向かった。
――あ、でも店は後回しにして、塔に直接行きますかね。
お礼の方が先だ。
私は足早に雪の降りしきる中を歩き、歩き、歩き……
「寒い!すごく寒いっ!!」
凍える!本気で凍えるっ!!
上着を羽織っているとはいえ、夏の季節から来たからかなり薄着だった。
むしろ涼しいくらいで大歓迎と、お子様発想の私が大馬鹿でした。
寒い。本当に寒い。暖めてくれるなら何もいらない。
「あ……夜」
折悪しく、折悪しく時間帯が変わり、一気に気温が下がり、視界が悪くなる。
「ど、どこか、どこか、どこかで暖を取らねば……」
カフェで珈琲一杯飲むくらいの小銭はある。
私はまた行き倒れてしまうとガタガタ震えながら道を歩き、通りすぎるグレイに腕を
取られ、ズルズルと細道に引きずられながら……。
「……て、え?」
「久しぶりだな、ナノ。帰りが遅いから心配した」
「あ……」
グレイだった。外回りの帰りらしい。

「会いたかったよ」
路地裏で、壁に背を押しつけられる。
久しぶりに見るグレイは、エースとの戦いの後など一切感じさせない。
いつも通りに笑顔で私の顔の両側に手をつき……まあ逃げられない体勢だった。
私は大声を出すべきかと周囲を見る。
けど角を何回曲がらされ、通りはすでに見えない。
雪のためか裏路地のどこにも、人の気配はなかった。
「えーと、お久しぶりです、グレイ」
私はニコニコと。ニコニコとグレイを見上げてみて……唇を塞がれた。
「ん……んん……」
痛いくらいに抱きしめる腕と鼻腔を支配する煙草の香り。
「ナノ。君が俺を頼ってくれて本当に嬉しかった。礼をさせてくれ」
そう言いながら、私の腰の辺りに触れてくる。
「い、いえ。それ変ですよ!すごく変ですから!!御礼を言うのは私の方で……」
「なら礼をくれないか?」
意地悪く言われた。
「あ……」
しまった……引っかかった。私は首を振り、抵抗する。
「グレイ、あのですね。こういうのもいい加減に精算したいんです。
こう倫理的というか性道徳的な観点から、複数の異性交遊なんて許されることじゃ
ないでしょう?」
「なら俺に決めればいい。これで問題は片づいたな」
そう言って、私の服のボタンに手を伸ばしてくる。
片づいてない。さっぱり片づいてませんよ、グレイ。

というか寒いから、場所、変えてほしい。

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