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■白ウサギ

サーカスが終わったこともあり、サーカスの森近くそのカフェは、やや静かだった。
私たちは珈琲を注文し、店について話をしていた。
「とりあえず、店についてはもっと小規模にやって行こうと思うんです」
単価を上げなければいけないのは痛いけれど、身の丈にあった規模にしたい。
「そんな……僕がいくらでもお金を出しますよ!ハートの城の城下町に大店舗を建設
します!あなたは多くの従業員をあごで使い、奥で休んでいて……」
静かな店でペーターは他のお客さんの目も構わずわめき散らす。
「いえ、それ完璧に意味ないですって。もう少しこぢんまりやりたいだけです」
「ならハートの城の、僕の部屋に住んで、僕のために珈琲でも紅茶でも淹れて……」
「こぢんまりすぎますがな」
目指すは借金を増やさない経営方式だ。でもそれには知識が足らない。
「ペーターは宰相だから、こういう分野は得意でしょう?知恵をお借りしたいんです」
するとペーターは目を見張って私を見、耳をピンと立てて何度もうなずいた。
「っ!!はい、ナノ!喜んで!!」
それから私とペーターは自称カフェ『銃とそよかぜR(リベンジ)』の運営について
長々と話し合った。
……騒々しいウサギ(+その連れ)に十数時間帯も居座られた店側は、さぞ迷惑だったに違いない。

…………。
「なるほど。さすがペーター。そういう発想もあるんですね」
腐っても一国の宰相。彼の提案は本当に参考になる。
私は珈琲を飲みながらメモをとり続けた。けどペーターは心配そうに、
「ナノ、ちょっと珈琲飲みすぎじゃないですか?二十五杯目ですよ」
「確かに。ご不浄に立つ回数も増えましたね」
「いえ、それどころか、急性カフェイン中毒になりますよ……」
言われて見れば、さっきから胸が急速に苦しくなっている。
「で、でもずいぶん久しぶりに珈琲を飲んだ気がするので……」
あれもこれもと全種類注文するどころか、二週目をやらかしてしまった。
最初はペーターに迷惑そうな視線を向けていた店の人やお客も『大丈夫か、あの客』
という目で、今や私の方を見ている。
「そ、それでは細かいことは後ほど打ち合わせましょう」
と、席を立ち、そのまま崩れ落ちる。
「ナノっ!!」
ペーターが慌てて支えてくれるけど、猛烈に気持ち悪い。
「うう、めまいが、悪寒が……動悸が、息切れが……」
久々の急性カフェイン中毒である。全力で珈琲を逆流させたくて仕方ない。
「ナノ……だから言ったでしょう」
そしてペーターはお約束のお姫様抱っこをし……ご不浄へと運んで下さいました。

…………。
ベッドの中でペーターは私を抱きしめる。私はぼんやりと窓の外の月を見ている。
「ナノ、愛してますよ」
唇が重なる。
「ん……」
「大好きです。あなただけを永久に愛しています……」
舌が入り込み、優しく私の舌を探る。
「ん……あ……」
ナノです。何やら×××な雰囲気になりかけていますが、新しい浮気ではございません。
あの後、逆流に成功したものの、カフェインは抜けきらず歩ける状態ではなかった。
ペーターは即座に、カフェ近くの高級宿を借り、私を運んでくれた。
そして具合が悪くて動けない私に好き勝手をしている。
「愛してます……」
まあ、そうは言ってもペーターだ。
するといっても、ベッドの上で抱きしめたりキスしたりする程度。
手が変な場所にのびることもない。
安全だと分かっているので、カフェインで眠れない私も特に拒否しない。
……キスくらいならいいかと思ってしまうあたり、末期状態を自覚するけど。
「ナノ……幸せです。あなたが監獄から自力で逃げ出してくれて……」
夢にしていたかったことをサラリと言われた。
……胸が痛い。
口元をウサギ耳がかすり、くすぐったくて仕方ない。
「一人では無理でしたよ。迷惑かけたし、賄賂も払ったし、出張もさせたし……」
そして……いえそれだけ。あとは何も無かった。
「いいんですよ。あなたに頼られ嬉しくない者はいない。
僕だって颯爽とあなたを助けに行きたかった」
ちょっと、しゅんとしているので、私も言った。低く、彼のウサギ耳に、

「いえいえ、ペーターには大事なお役目がありますよ……騎士を始末する役目がね」

「……おまかせください」
腹黒ウサギさんはニヤリと笑う。
私たちは共通の敵と絆を確信しあったのだった。

そして、それからは互いの近況や領地のことをとりとめもなく話す。
話題は尽きず、私も少しずつ体調が良くなってきた。
――ん……眠い……。
カフェインの効果が切れてきたんだろうか。
そのうちに何だか眠くなってきた。
ペーターの腕枕で、私はうとうとと船をこぐ。
白ウサギは優しく私の髪を撫でてくれた。
「おかえりなさい、ナノ。僕がお休みからお目覚めまであなたを見守りますから」
――あ。微妙に惜しい。『おはようからお休みまで』と言わなきゃ。
いや、それだとリアルストーカー宣言か……と思っているうちに私は眠りについた。
私をこの世界に導いてくれたウサギに守られながら。

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