続き→ トップへ 小説目次へ

■小さなサーカス

「…………」
「…………」
無言で歩く。
監獄の所長と囚人が。
出口に向かって。
「………………」
「………………」
さらに無言。靴音だけがやけに響く。
「……あの」
「……おい」
二人同時に言い、沈黙する。
「え、ええと、お、お先にどうぞ」
「かまわねえよ、おまえから先に言って」
「いえいえ、あなたから」
「いいから、おまえが先に言えよ!」
「…………」
「…………」
――な、何で『二人で下校することになって気まずい男子と女子』みたいな空気に
なっているんでしょう、私たち……。

「ジョーカー、監獄の所長なのに、私を止めなくていいんですか?」
あきらめて先に聞いてみた。
「別に。俺たちは入ってくる奴を見張るのが仕事だ。脱走を止めたりはしねえ」
「…………」
また不思議の国特有の妙な事情らしい。
「ジョーカーやエースの方は、自分たちの理由でてんで好き勝手に止めただけだ。
本当は牢を出るなり、その場で帰ることも出来たんだぜ」
「え?そうなんですか?」
「むしろ俺が聞きてえよ。外に出て、何で未だうろうろしてるんだ。帰れよ」
「はあ、帰りたいのは山々なんですが……」
「本当か?」
ふいにジョーカーが立ち止まる。一緒に立ち止まった私の顔を覗き込み、
「それとも、未練があるのか?ジョーカーや騎士に好きにされ続けたいのか?」
「そんなことあるわけないでしょう!?」
すごまれて否定する。グレイもユリウスも私のために戦ってくれている。
ひどい思い出ばかりだったこの場所に未練なんてあるわけがない。
「私だって帰りたいのに出口にたどりつけないんですよ」
「なら、おまえが、まだここにいる理由は……」
何か言いかけて言葉を切る。

「おまえ、サーカスに一度も来たことがなかったな」
しばらくして、ジョーカーが口を開く。
「はあ、まあ……ジョーカーさんが団長らしいですね」
唐突に話題が変わり、戸惑った。
サーカスは何回かあったらしいけど、仕事があったりトラブルに巻き込まれたりで
結局一度も行っていない。白いジョーカーさんは団長さんらしい。
「俺も団長だよ」
「はあ!?」
思わず無愛想なジョーカーを凝視する。
「……ンだよ、俺がサーカスの団長やって悪いかっ!?」
何か不愉快そうに睨まれた。マジで鞭を取り出す五秒前だ。
「ええと、まあ、そのお似合い……ですよ?」
「自信無さそうな疑問系で答えんじゃねえよ。ほら」
一秒も経たず、ジョーカーは姿を変えた。
見たことのない道化の姿に。
「ええと……まあ……その、お似合い?………ですよ?」
「目をそらしながら、さらに自信無さそうに答えるなよ。
それじゃ、団長だって証拠を見せてやるよ」
「え?」

…………。
「で、これがジャグリング」
「おおーっ!」
石畳に正座する私は、パチパチパチと拍手する。
お手玉の要領で空中を五つも六つも跳ねる玩具は、まるで生き物のようだった。
「で、これがデビルスティック」
ジョーカーの両手に、一瞬でスティックが現れ、宙を飛んでいた玩具が一本の棒に変わる。
両手のスティックがリズミカルに宙の棒を叩き、なのに絶対に地面に落ちない。
まるで一本の棒が宙を踊っている錯覚に陥った。
「おおーっ!!」
監獄に私の大きな拍手が響いた。
「……て、いやいやいや!」
見とれていた私は首を振る。
――て、どういう流れです、これ!
『サーカスの団長だという証拠を見せてやる』となぜかジョーカーに言われ、次から
次に繰り広げられる軽業や手品などの大道芸を楽しんでしまった。
見せられる芸は高度かつ多彩。さながら小さなサーカスだった。
ユリウスもグレイも私のために戦ってくれているというのに、何してるか自分。
正座していた私は立ち上がり
「もういいです、ジョーカー。十分に団長さんだって分かりましたから!」
「そうか?まだ色々見せてやりたかったんだけどな」
気のせいかちょっと残念そうな。
「この次!この次に会ったときにゆっくりと見せていただきますから!」
「そうか?そうだな。この次、会ったときにな」
ジョーカーは道化の格好を解かないまま、そう言った。
「なら、次は最後の手品だ。おまえにもやらせてやるよ」

5/6

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -