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■脱獄・3

エースは腕組みし、静かに私を見据える。
鎖が外れたとはいえ、私は未だにボロボロの囚人服。
武器も何一つ持たず、味方も戦闘中の、監獄の奥深くだ。
つい数歩後じさりする。
「ナノ。ここを出るんだ?」
「そ、そうですよ。ユリウスが手伝ってくれたんです!」
負けてはいけないと思いつつ、ユリウスの名を出してしまう。
「ユリウスか。せっかくお膳立てしてやったのに、友達甲斐のない奴だなあ」
……尊い友情の犠牲になった身としては、ぶん殴ってやりたい。
「あなたの友情は歪みすぎです。そのうち縁を切られますよ?」
「うん?出来ないよ。そんなことされたら、悲しくてユリウスを斬っちゃうかもしれないからね」
壊れた騎士は予想にたがわないことを言って笑う。

「ナノ、牢屋に戻ろうぜ。俺が送っていくよ。
ジョーカーさんたちも説得して、お咎めがないようにしてあげるよ」
言っていることは優しいが、声に抵抗を許さない力がある。
「……嫌です。外に出ます」
「監獄が嫌だから?俺たちに好きにされるのが嫌だから?
外で何が違うんだよ。帽子屋さんやトカゲさんに好きにされて、結局同じだろ?
監獄の方が死ぬ危険もないし、生活の心配もないし、まだマシだと思うけどな」
「ならあなたが入ってください。私は自分が行きたい場所に行きます」
そう言うと、エースは上を仰いだ。
「ちょっと開き直っちゃった?君は傷だらけで怯えてる方が、似合ってるのに」
「エースは、私を押し倒して、傷だらけにして怯えさせるのが好きですよね」
犯罪騎士にチクリと言ってやる。けれどやはりというか、悪びれない。
「あはは。そうなんだよ。ここにいる君も、外にいる君もどっちも好きなんだ」
青空のように笑うエース。
でも不思議と、その笑顔は監獄の風景によくなじむ。
エースはふいに私の手首を取った。
「っ!」
手首の骨が折れるかと思った。それくらい強い力だった。
私は顔をしかめ、何のつもりだとエースを睨む。
「なあナノ。ここを出ちゃったら、君は俺の獲物になるんだぜ?
狩られる側に。その意味、分かるかな?」
分からない。エースも私が分からないと知っているのだろう。
ニコニコと恐ろしい笑みを浮かべている。
「……ユリウスが……」
武器の持たない私はほとんどおまじないのように、彼の上司の名を唱える。
「そのユリウスがいなくなったら?守ってもらえなくなったら?」
「…………」
ユリウスは常にそばにいてくれるわけではない。
私だって時計塔には住まないと宣言してある。
「どいてください、エース。私、行かなきゃ」
「戻ろうぜ。ナノ。君は囚人の方がお似合いだ」
エースが腕に力をこめる。本当に骨が砕けそうだ。
私は悲鳴をこらえながら腹が立ってくる。
「エース、離して下さい。出るって決めたんです。だからどいて!」
「なら、この場で裁いてもいいかな。ああ、その前にちょっと楽しんじゃおうかな」
エースは空気を、恐らく故意に読まず、腕をつかむ力はこれっぽっちも緩めない。
「エース。止めて。本当に……どいてください……」
「俺もこっち側だし、うん。ちょっと痛くおしおきしてあげようか。
そうすれば、君ももう出ようって気はなくなるよ」
そう言って私に顔を寄せようとする。
「エース、本当に、どいて下さい……!」
この男をどうにかしなければ、外へは出られないらしい。
遅ればせながらようやく理解する。
エースは易々と私を抱き寄せようとする。
そしてとんでもないことを言った。
「どんなプレイがいい?そうだな。じゃあ、たまには趣向を変えて……。
他の××に××されるのは?君も案外、新境地が開けるかもね」
「……っ!」
軽口の域を超えている。内容だけで吐き気のする、おぞましい提案だった。
口にするどころか考えるだけで女性への侮辱になる、そんなたぐいの発想だ。
けれどエースは本気だ。

「大丈夫、大丈夫。君の名誉を傷つける存在は、終わった後で、俺が形も残らない
ほどボロボロに踏みつけてから、処刑してあげるからさ」
エースの目に冗談の色はない。誰も幸せにならない提案を嬉々としてする。
「じゃあ、行こうぜ。確か、こっちの方だ」
エースは無理やりに私を引きずろうとする。普段迷子の彼は、こういうときだけ、
まっすぐ目的地にたどりつくという、お約束な真似をすることが多い。
「やめて、エース、それだけは、本当に……」
冗談抜きで一生ものの傷が残る。
そして、その傷をもって私の脱獄を永久に封じる。
それがエースの目的だろう。

「君は監獄がお似合いだ。
傷ついて動けなくなった君を、俺とユリウスで、ずっと可愛がってあげるよ」

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