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■脱獄・2

壁に固定された首輪が、音を立てて床に落ちる。
「よし、取れた。返すぞ」
鍵穴から鍵を抜いたユリウスは私に鍵を手渡してくれた。
「うわー、首が回る回る回ります!」
久しぶりに首を解放され、私は勢い良く頭を回し……三半規管に異常を生じました。
「き、気持ち悪いです……」
「……馬鹿だろ、おまえ」
ボソリとユリウスが呟いた言葉は軽やかに、聞かないことにする。
「というより、私の脱獄を手助けしていいんですか?ユリウス」
よく分からないけど、この世界は『ルール』という不思議な制約がある。
それに引っかかると『ペナルティー』という恐ろしいものが課されるらしい。
ここがどういう場所かは大体了解しているものの、ここにおつとめするユリウスの
事情までは分からない。
私の脱獄に巻き込んで責任を問われては、と心配になってくる。
「ここは囚人を閉じ込めておくだけの場所だ」
「?」
続きを待ったけど、それ以上の説明はなかった。
「行くぞ」
「は、はい」
とりあえず『上司』に従うことにした。
牢の扉を開けると、監獄全体がざわついた気がした。
石畳に転がる玩具たちが、私を出すまいと今にも動きそうで不気味になる。
「気にするな。行くぞ」
「はいです」
ユリウスに従って扉の外に一歩足を踏み出し、
「ユリウス、他ならない君が囚人の脱獄を助けるのかい?」
瞬きをするだけの間に、白い方のジョーカーさんが現れた。

「ユリウスに何もしないでください!」
私は両手を広げて、ユリウスを庇う。
「いや、おまえの脱獄なのに、何でおまえが私を庇うんだ?」
しごく冷静にツッコミが入りました。
「いや、まあ有りなんじゃない?どっちにしろ、ナノを逃がすのを手伝う気なんだろう?」
楽しそうにジョーカーさんが私に鞭をふりあげる。
「ジョーカー!」
ユリウスの低い声。
ジョーカーさんに鞭で打たれたことはない。
けど、黒い方のジョーカー以上に容赦無さそうな気がするのはなぜだろう。
「だ、だ、大丈夫ですよ、ユリウス。私があなたをま、守りますから!」
「しっかり声と足が震えているな。あと、だからおまえが私を守るのは変だろう」
余計に冷静なユリウスだった。
しかし、本人には失礼なようだけど、ユリウス対ジョーカーさんの構図は不安だ。
「ユリウスは、頭はともかく体力的にはヘタレなんですよ?
それなら私が戦う方がまだマシなんじゃないですか?」
「おまえ、雇う前に解雇するぞ……」
かなり本気の入った口調で言われました。
だって、時計塔にいたころ、過重労働と栄養不良で何度も倒れてたくせに。
ユリウスはぐいっと私をどけ、ジョーカーさんとの間に入る。
そして逆の通路を指差し、
「いいから行け、女に守られるほど弱くはない」
「俺が武闘派じゃないってこと皮肉ってる?同レベルだと思われるのは心外だな」
少し嫌そうなジョーカーさん。
「そうだな。同レベルではない。さすがにおまえには勝てそうだ」
「ちょっとちょっと、ユリウス」
ジョーカーさんは所長だけど、ユリウスは対等の扱いのようだ。
だからといって、なあなあで許してくれる雰囲気ではないけれど。
ユリウスは私に、猫を追いやるように『あっち行け』と手を振る。
私はどうしたものかとためらう。
その間もユリウスとジョーカーさんは、罪がどうとか干渉がどうしたとか、微妙に
ボケとツッコミの混ざる、妙なやりとりをしていた……実は仲がいいらしい。
――うーん。何か本当に逃げても良さそうな感じですが。
いちおうユリウスが守ってくれる図なんだけど、何だか緊迫感がない。
とりあえず異議は唱えておく。
「あのユリウス。ここってエンダァァアイオゥレイスラビュウ♪とかBGMかけて
『死を恐れないのと、死にたいというのは違う』って叫びながら敵陣に突っ込むとか
いろいろ頑張りたいお別れシーンでしょう。
爆発とか派手にやって、特殊効果とか音響をつけてほしいんですが」
「つけるかっ!!」
けどジョーカーさんは面白そうに、
「あ、じゃあ協力しようか?サーカスに使ってた音響機材や爆弾を持ってくるから
撮影道具も使って、牢を出るシーンから撮り直してさ」
「いや何を撮るんだ!軟弱なBGMなんぞいるかっ!!」
「えー、名曲ですよ。あ、でも確かに集客数を考えたら、ユリウスを降板させて
別の人にキャスト変更した方が良くないですか?」
「そうだね。じゃあマフィアのボスに出演交渉してあげようか?
前売り券には限定版を用意して、ドラマCDや限定冊子をつけたり」
「当然のことながら店舗や期間や通販で特典のバージョンを変えて、コレクターを
阿鼻叫喚……いえ、選択肢がたくさんあって楽しめるようになるんですよね。
販促効果で関連グッズも多数展開して」
「おまえら、何の話をしているんだ……」
緊迫の脱出シーンどころかトリオ漫才になってきた。

…………。
ジョーカーが鞭を構え直す。
「まあ、冗談はさておき。その子はジョーカーのお気に入りだし、俺だって、俺の
ものになった以上、もっと可愛がってあげたい。脱獄は妨害したいところだね」
「おまえたちは出口に立つ者であって、自ら脱走を妨害するのはルール違反だ」
ユリウスはユリウスでよく分からないことを言う。
するとジョーカーさんはニヤリと笑い、
「でも、その子が脱獄して、処刑人の管轄になる方が不味いんじゃない?
ここで罪を償うより処刑人に断罪させた方が慈悲だって言うんだ?」
「…………」
『処刑人』『処刑』。どこかで聞いたことがある気がする。確か……。
「ナノ、先に行け。こいつは私が何とかする」
「おいおいユリウス……本気?」
ジョーカーさんは嘲笑しながらも少しずつ臨戦態勢に入ってくる。
「行け!上司になる男の言うことが聞けないのか!?」
「は、はい!」
穏やかなユリウスに怒鳴られ、反射的に走り出す。
久しぶりに外に出た解放感もあり、一度走ると止まらなくなった。
背後ではユリウスとジョーカーさんが、まだ何やら意味不明な話を続けている。
――というか、どこに行けば?出口はどこなんですか?

そのとき、ユリウスの怒声と、何発かの銃声が聞こえた気がした。
――ユリウス?い、威嚇発砲ですよね。
そう思いたい。だって、さっきは仲が良さそうに会話していた二人なのだ。
けれど私は立ち止まる。
ユリウスは大丈夫だろうか。彼の元に戻るべきかと戸惑っていると、
「ナノ?」
「っ!!」

看守服のエースが立っていた。

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