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■監獄ライフ・下

※R12

「あー、染みる染みる、ひりひりします」
けれどそこがいい!と私は傷口に薬を塗り込んでいく。
さすが時計屋推薦の品。痛みがみるみる引いていった。
「て、背中が、背中が……」
背中に手が届かない。
あんまり腕を曲げると痛い。でも鎖のついた首輪をつけられているから脱ぎ着も
出来ない。困ったもんだ。
「あいたた……」
痛みをこらえて背中の傷に塗ろうとしていると、
「塗ってあげようか?」
「…………」
薬瓶が手の中から転げ落ちていく。それを別の手が拾った。
看守服姿のエースが私を見下ろしていた。
いつか見た格好だ。
エースはわざわざ薬瓶を見せるようにし、私に微笑む。
「ほら、背中に塗ってあげるよ」
「…………」
私は身体を抱きしめ、うずくまる。
負けてはいけないと思いつつも、彼はもう忌避の対象だった。
「……っ」
「ほら、動かないで。うわ、背中も傷だらけじゃないか」
勝手に背中をまくられ、薬を塗られる。
「痛い痛いマジで痛いです勘弁してください」
「ひどいよなあ、ジョーカーさん。女の子に暴力をふるうなんて最低だぜ」
無視されて塗りたくられた。
私を監獄送りにした男はいけしゃあしゃあと笑う。
「ほら、前も濡らせて」
優しく言う割に、私を物のように転がす。
そして囚人服のウエストに手をかけた。
「……足はもう塗りましたよ?」
低く言う。
「でも、確かめないといけないだろ?ほら、女の子だから自分の目で確認しづらい
場所もあるだろう」
「男性の目ではなおさら確認してほしくないんですが……というかジョーカーは
そっちには何もしてませんよ?本当に」
ここの所長は宣言通り、囚人なら女だろうと容赦が無い。
けれど、わざわざ女性の大事な箇所を傷つける×××ではなかった。
「そっかそっか。でも彼の手駒としては、別の上司の監査もしなきゃね」
で、結局脱がされる。
ため息しか出ない。まあ囚人だから看守には逆らえないか。

エースに責め立てられ、看守服の背中に爪を立てながら、私は言う。
「…………エースは、こんな結末で満足なんですか?」
するとエースは腰を進めながら、笑顔でうなずいた。
「そうだよ、ユリウスはここに来ればいつでも君を手に入れられるし、俺も君を処刑
せずにすむ。君だってお金のことや人間関係に悩まないで落ち着いていられる。
幸せじゃないけど、安定するだろう?」
処刑とか、一部意味不明なことを言い、私の唇を塞ぐ。
私はエースの熱を何度も何度も感じながら牢屋の天井を仰ぐ。
不安定な幸せより、安定した不幸せ。それを望んでいなかったと言えるだろうか。
けれど快感に浮かされ、思考を保つことが出来たのはそこまでだった。
「監獄に入れて、良かったな、ナノ」
私の返事を待たず、エースは私の中で達した。

…………。
「サーカスには興味ある?」
白い方のジョーカーさんは言う。
私は、床に座るジョーカーさんに後ろから抱きしめられ、耳元でささやかれている。
「いえ、特には」
「そう?君なら最高の芸を披露出来ると思うけどな」
「自信がないですよ」
私に運動神経があったとして、この世界の人たちとは比較にすらならない。
その細身のどこにンな筋力が、と言いたい馬鹿力が、ここのデフォルトなんだから。
ジョーカーさんは私のあごに指を這わせる。
「いいや。君はサーカスの人気者になれるよ。ねえ、次のエイプリル・シーズンの
サーカスに出てみない?」
やけに確信的な口調だった。
「前向きに検討します」
しつこいので適当ににごしておく。ジョーカーさんはそれでもご機嫌だ。
「ナノは良い子だね。ありがとう」
頭を撫でられても、この人だとなぜか全然嬉しくない。
「良い子は監獄に入りませんよ」
そう言うと、何かを含む笑いが聞こえた。
「違うね。良い子だから、入るんだよ」
そして、ゆっくりと私の胸に手を這わせた。
「職権乱用……」
低く言うけど胸を弄る手は止まらない。私の身体も少し熱くなる。
「俺はもっと君と仲良くなりたいだけだよ。君もたまには楽しみたいだろう?」
「いいえ」
それはきっぱりと否定しておく。
看守連中が十分に『慰めて』くれるし、それ以外は罪悪感の海に沈んでいたい。
けれどジョーカーさんの手が薄汚れた囚人服の中に忍び込む。
――ジョーカーさんも所長だから仕方ないですか。
それにやり方も優しい。言ったとおりに楽しませてくれる。
「君は本当に良い子だ。サーカスでなくとも、恩赦をあげたくなるよ」
――本当にいらないんですが……。
でもジョーカーさんの別の手が、下にそろそろと伸びていく。
息を少しずつ乱れさせながら、私は奥底にまた暗いものがたまっていくのを感じた。
――ジョーカーがせっかく、少し減らしてくれたのに。
ジョーカーが鞭で蹴散らしてくれた黒い塊が、みるみるうちに元に戻っていく。
――私は本当に……。
拒むことは許されず、私も拒まない。
やがて彼の手の中であられもなく叫び、乱れながら、私は深くに沈んでいった。

…………。
目を開けるとジョーカーがいる。私は横たわったまま、彼に促した。
「いいのか?」
「ええ。ちょっと楽になりたいんで」
どうにも動けない。ジョーカーさんとのひとときは楽しいけれど、終わった後に
地獄がやってくる。具体的にどこそこが苦しいわけではない。
けど何て言うかこう、罪悪感が倍増しになった苦しさが襲ってくる。
「……痛いぞ」
「今のままの方が痛いです」
そしてジョーカーが鞭を振り上げる。
私は安堵して目を閉じた。

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