続き→ トップへ 小説目次へ ■監獄ライフ・上 「んー……」 ボーッと監獄の床に横たわっている。 着せられているのはボロの囚人服。首には鎖のついた首輪。 といってもボリスのしているようなアクセサリーと違い、実用性ある『本物』。 ちょいと褐色の染みがこびりついてるのが、あな恐ろし。 あと玉露。もう一生おまえを離さないからな。 ナノです。絶賛囚人中です。 罪状は忘れました。でも刑期は長いらしいです。 監獄ライフは快適でも何でもないです。 黒の『ジョーカー』と、白い『ジョーカーさん』にいじめられまくっております。 ジョーカーは言葉通り囚人に容赦ないです。 女の子だけど傷だらけです。 食事は不味くてお風呂にあんまり入れません。乙女には由々しき事態です。 あとお茶も珈琲も紅茶もダメだそうです。 「ナノ、いい面だなあ」 あ。気がつくと傍らに何か立っていた。 私はボーッと監獄の所長を見上げる。 「ジョーカー、ご飯はまだですか?」 「知るかっ!」 だって囚人の楽しみと言ったらご飯くらいのものだもの。 「個人的にはカレーライスを希望します」 床に横たわりつつ、要望を伝えてみる。 「囚人のリクエストに応える監獄があるかっ!!」 「ジョーカーはカレーにソースや醤油をかける派ですか? 返答によっては今後のおつきあいを考え直します」 キリッと言ってみる。 「知るかって言ってるだろっ!」 胸ぐらを捕まれ、引き起こされた。 「まだまだ罪の意識が薄いようだな……」 彼の顔が残酷に歪み、私も微笑んだ。 そしてジョーカーが鞭を振り上げる。 …………。 「本当にジョーカーは容赦がないですよね」 どうも私は彼の『お気に入り』らしい。それくらい頻繁に訪問を受ける。 監獄の所長も去り、私はのんびりと牢の壁にもたれる。 「あたた……」 そして顔をしかめた。全身の傷が痛くて仕方ない。 しばらくして、することもなく、またゴロンと牢の床に転がる。 ここに来てから、いやここに来る前からずっと、何もする気になれなかった。 そして鬱々と後悔に浸る。 今までした愚かなこと、失敗、他人への迷惑、自分の性道徳の無さ……等々。 後悔すべきことには果てが無く、自己嫌悪は終わらない。 「痛いですねえ……」 硬い石の床が傷をこする。 牢屋の天井を見上げ、玉露を抱きしめ、後悔の波に身を任せた。 …………。 コトン、と何かが石畳に反響する音がして、後悔の海から浮上した。 「……?」 コロコロと転がり、私の目の前で止まったそれは、何やら薬瓶。 「それを、傷に塗るといい」 「ユリウス、来てくれたんですか!」 私は微笑んだ。 看守姿のユリウスが鉄格子の向こうにいた。 鉄格子の向こうのユリウスは、悲しげな瞳をしている。 彼が片膝をつき、少し私と目線が近づいた。 ユリウスに最初に会ったときには、とても驚いた。 何と彼は監獄の関係者だという。詳しいことは全く分からない。 でも制服はあまり似合わないなと密かに思っている。 走り寄って、彼の手を取りたい。でもどうしてだか身体が動かない。 代わりになぜか、腕で身体をぎゅっと抱きしめてしまう。 「怯えなくてもいい。何もしない」 「別にいいですよ、この間はしたでしょう?」 「…………」 あ、すっごく落ち込んだ。ちょっと嫌味っぽかった? そんなつもりじゃなかったのに。 実は彼が中に入ってくることが結構ある。 彼もここのお役人。私を罰する権利があるわけだ。 「ナノ……」 看守の手が鉄格子を握る。 ――ユリウス、暗くなりましたねえ。 元々暗い人だったけど、今は輪をかけてどんよりしてる。 「私がおまえを投獄してしまった。他ならない私が……」 何というか、あまりの陰鬱さに彼が牢獄に入ってしまいそうな勢いだ。 部下がうっとうしさのあまり斬り捨てないといいけど。 「違います。エースのせいでしょう?」 元をたどるとエースの計画が発端だ。どこまでが彼の思惑のうちだったかは謎だ。 けれど、私を投獄したのはエースだ。 でもユリウスはエースを罰しないし、部下に使うことを止めたりもしない。 二人はそういう関係であるらしい。というより、ユリウスがエースを切り離そうと しても、エースが許しはしないのだろう。同情するほかない。 ――やはりコネを使ってでも始末させておくべきでしたか……。 彼と関わると、みんな不幸になる。 申し訳ないけどエースが色んな人に嫌われている理由がちょっと分かる。 そのうち、対エース用悪霊退散お札でも装備したいなあ。 「そうだな。投獄したのは私たち二人だ。時計屋と処刑人が共謀して、おまえを……」 ユリウスの方はまだ投獄の話題を引きずっていた。やはり暗い。暗すぎる。 というかユリウスはちゃんと食べているのだろうか。 キューティクルが自慢(?)だった髪はパッサパサだし、目の下にはクマ。 そう思っているうちに、ユリウスが少し怖くなくなってきた。 私は起き上がることが出来ず、芋虫のように床を這って鉄格子の前まで行く。 制服を着ていても、かすかに感じる機械油の匂い。 目を閉じると、ほんの少しだけ、彼と過ごした時間が蘇る気がした。 このまま眠って時計塔の夢を見たいと思った。 「ユリウス、眠るまで手を握っていてください」 叶えてもらえるとは思わなかったけど、ちょっとそういう気分だった。 私は精一杯に手を伸ばす。 「ああ、分かった」 伸ばした手を握る、かさついた手。 私は目を閉じて後悔の海に潜る準備をする。 そんな私の耳に、聞き慣れない妙な音がする。 何だか嗚咽のような気がするけど、目を開けて確認するのも面倒だし、ユリウスが 嗚咽なんかするわけがない。 ――ていうか、うるさいですね。 私は後悔に専念することも出来ず、ユリウスの立てる騒音をうっとうしく聞いていた。 1/5 続き→ トップへ 小説目次へ |