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■監獄へ・下

ホワイトのジョーカーさん。
ほとんど会わず、一対一で話したことはない。
表ではサーカスの団長だという。よく分からないけど。
「あんまり嫌わないでくれよ。俺も君のこと気に入ってるんだよ?」
「そうですか。それはどうもありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、
「だから、あんまり嫌わないでくれよ……」
ちょっと寂しそうに言われた。だから嫌ってませんてば。
「それよりさ、ジョーカー。何でこの子を帰そうとするんだい?
自分から入りたがってるんだ。入れてあげればいいじゃないか」
「余計なことを言うんじゃねえよ。ジョーカーっ!!」
ジョーカーが凶悪な顔で叫ぶ。
「いえ、私も入りたいんですけど、ジョーカーが鍵をくれないんです」
「そうか。それはひどいな」
ジョーカーさんは大仰に嘆いてくれた。
そして私を見る。なぜか、その表情にエースを連想した。
「でも、こっそり鍵を渡してくれたのかもしれないよ?
ほら、よく確かめてごらん。君はもう鍵を持っているのかもしれない」
「え?」
そんなことあるだろうかと服を探りかけ、
「っ!!」
焼けるような痛みが肩を襲った。
叫び声を出し(実際に『きゃああ!』と叫べたかは分からないけど)肩を押さえる。
顔を上げると鞭を振り上げたジョーカーと目が合った。
彼が私に鞭をふるった。
「これで分かったか?囚人になるってのはこの痛みが永久に続くってことだ!
俺に苦しめられ続けるのと、表で男どもに甘やかされてるのとどっちがいい?」
今まで脅しで頬をかすめることはあっても、実際に打たれたことはなかった。
これは最大のマイナスだ。この世界の男性は大抵裏の顔があるけど、無抵抗の女性に
暴力を奮う人はいなかった。
なのに、なぜかあまり好感度が下がらない。
――そうか。私はこの人が好きなんですね。
彼は私に罰をくれる。閉じ込めてくれる。
それに安心する。
「もちろん、いつも痛いだけじゃないよ。
たまには気持ちいいこともして、慰めてあげる」
ジョーカーさんが私の耳元にささやき、打たれた私の肩を撫でる。
――触り方が何だかいやらしいです……。
まあ監獄の所長だから、そういう職権乱用もされるのだろう。
でもまあ、この世界に来てよくあることだ。
今はそんな嫌な自分を罰してくれる人もいる。
「さあ、鍵を探して」
ジョーカーと違い、ジョーカーさんの言葉は私を監獄に誘う。
「よせ、この馬鹿女っ!!」
「…………」
私は無視して服を探る。やがて、指の先に硬い感触を抱いた。
意外に軽い鍵が手の中にあった。
「ナノ……!!」
――あ、名前を呼んでくれました。
と思う前にジョーカーがもう一度鞭を振り上げる。
「ジョーカー。だから囚人でもない子に暴力は良くないって言っただろ」
「おまえがたった今、囚人にしようとしてるんだろう!」
ジョーカーさんが鞭をつかんで止めてくれた。
「さ、ジョーカーは俺が押さえていてあげるから鍵を試してごらん」
「はいです」
私は背後の怒声を無視して鍵を錠に差し込む。
それはあまりにもあっさりと開いた。
「玉露、玉露……」
私は中に駆け込み、玉露の袋を手に取る。
「ああ、良かった……」
感触と重さ。この世界に来たときに持っていたものと全く同じだ。
私は腕の中の定位置に玉露の袋を収め、鉄格子に向き合った。
もう扉は閉まり、錠は下りていたけれどあまり気にならない。

「良かったねえ、ナノ」
「……良かったな」
二人のジョーカーが外から私を見ている。一人は笑顔、一人は無表情で。
「ええ、良かったです」
私は微笑み、牢の中に正座する。
――でも、皆に謝りたかったですね。
いろんな人に迷惑をかけて逃げてしまった。その償いきれない罪を。
「安心しろよ。それも含めて、俺が痛めつけてやる」
粗暴さの失せた、あまりにも静かな声でジョーカーが言った。
――ああ、それなら良かった。
私は微笑み、牢の硬い床にうずくまる。
囚人だから所属は監獄だ。もう居場所に悩むことはない。
どう自立するか考える必要も無い。
支配者もいる。私は彼らの言うとおりに罪を償っていればいい。

――本当に良かった。
私は心底から安堵して深い眠りに落ちていった。

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