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■監獄へ・上

そして、どれだけ時間が経過したか、知るすべもない。
――うーん……。
「何だよ。薄気味悪い女だな。じろじろ見やがって」
「うーん……」
声に出し、私は監獄の所長を見据える。
――やっぱり恋じゃないんですかね。
ユリウスやエースに襲われたとき、結局一度もこの人のことは頭をかすめなかった。
というか行為の最中、誰のことも思い浮かべなかった。
とりあえず眼前の危機をどう回避するかだけで精一杯だった。
――本当に好きなら名前くらい浮かびますよね。
本人が助けてくれるかどうかは別として。
それとも、それは物語の中だけでの話なんだろうか。
実際に女の子が悲鳴を上げるとき『きゃあああっ!』ではなく『ぎゃあああっ!』
『うぉっ!』『ぐへぇっ!』と叫んでしまうみたいに。
い、いえ、さすがに『ぐへぇっ!』はない……と思いたいなあ。
「ていうか、おまえ、いい加減に帰れよっ!!」
「うーん……」
ジョーカーの鞭がしなり、檻の格子を撃つ。ビリビリとした震えが扉にもたれる私に
まで伝わってくるのだけど、あまり怖くない。
というか、実際に鞭が私に当たっても別に構わない。
最近は何だかそんな心境になっていた。
――だって、私は悪い子ですからね。
いろんな人に迷惑をかけた。
ユリウスやエースにちゃんと抵抗しなかった。
ワゴンをきちんと隠さなかった。
それで全部無くなった。身体も限界まで汚された。
だから私が悪い。
異世界に呼んでもらったのに、居場所を確立出来なかった弱い自分が。
「おい、俺が女に本当に何も出来ないと思ってんのか?」
「うっ!」
男の人がケンカをするときのように、胸ぐらを捕まれ立たされる。
私は静かにジョーカーを見つめる。
殴られるのかなあ、と思っていたけど、いつまでもその瞬間は訪れない。
「……ちっ。腑抜けた目ぇしやがって」
「わっ」
手を離され、床に尻もちをついてしまう。
「早く帰れよ。でないと、帰れなくなるぞ」
「え?」
それは新鮮な考え方だった。
夢の世界だと思っていたけど、帰れないこともあるのだろうか。
――なら、別に帰らなくともいいのでは……。
胸に陰鬱な光が差し込む。
元の世界に戻り、マフィアに狙われ、補佐官に恨まれ、恩人とは気まずく、騎士に
つけこまれる。破壊されたワゴンの言い訳もしなくてはいけない。
そしてワゴンが直ればまた商いの生活だ。
――というか、何だか疲れましたね。
夢から覚めても、また商売に戻れるのだろうか。
もう誰に会うのも、考えただけで疲れる。
だから私は言った。
「ジョーカー。ずっとここに、いていいですか?」

監獄の所長の息が一瞬止まる。そして、その奥から残酷な顔が姿を見せた。
「俺は囚人にしか興味がねえ。牢屋に入らねえ奴は出ていきな」
何かを押し殺す、冷たく獰猛な声だ。
「なら、囚人になりますよ。あの玉露。私のでしょう?」
「簡単に言うんじゃねえ!」
怒声に檻が揺れるかと思った。けれど私も引かない。
今まで考えないようにしていたけど今はためらいがない。
あの玉露は目印だ。ここが私の牢屋だという。
罪状は分からないけど、色んな人に迷惑をかけたから仕方ない。
私が私のために用意された場所に入って何が悪い。
「ジョーカー。開けてください。入ります」
扉に手をかける。
「この馬鹿っ!!」
さっきの比ではない強さで振り向かされ、胸ぐらをつかまれた。
女だからと容赦はされない本気の力だ。
けれど、それだけジョーカーの真剣の度合いを感じる。
「おまえ、囚人になるのがどういうことか分かっているのか!?
苦しみが死ぬまで続くんだぞ!?俺は囚人は容赦しねえ。
俺やもう一人のジョーカーに、永久に監獄でいじめられたいのか?」
「うーん、あなたはともかくホワイトさんはちょっと」
あんまりお知り合いでないということもあるけど、どうしてだかこちらのジョーカー
より苦手な感じがする。
監獄に二人きりというのは退廃的な感じがするけど、第三者がいるのは燃えない。

「なら、表の世界でもう少し頑張った方がいいですかね」
面倒なこと嫌なことは色々あるけど、今に始まったことじゃない。
そう言うと、ジョーカーはホッとしたようだった。
「当たり前だろう。本当に馬鹿な女だな」
手が離れ、今度は丁寧に床に下ろされる。
何だか少し頑張れそうな気がした。
ジョーカーに微笑むと、彼は目線をそらし、吐き捨てる。
「さあ。用が無いならさっさと帰って二度と……」

「ちょっとちょっとナノ。同じジョーカーなのに差別しないでよ」

「っ!」
「ジョーカー、てめえ……」
気がつくと、ホワイトの方のジョーカーさんがすぐそばに立っていた。

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