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■最悪の告白

「ゆ、ユリウス。本当にしっかりしてください」
抱えていきたいところだけど、女の細腕にユリウスの長身だ。
ベンチに座らせようとしたけど、座った瞬間に転げ落ちそうで、危険だ。
「こっちに来て、とにかくどこかで横になりましょう」
一応彼は高位の役持ちでプライドも高い。
醜態を人前に晒すに忍びず、私はユリウスを茂みの奥に引きずり込んだ。
――何かすごく嫌な表現ですが……。
それに茂みの中なんぞにいい思い出はない。けど非常事態だ。

「ユリウス、ユリウス。大丈夫ですか?」
「……あ、ああ」
遊園地といっても結構広い。
まあ、ここなら酔っ払いがわめいても聞こえないだろうというくらい喧噪から
離れた場所に誘導し、芝生の上にユリウスを何とか座らせる。
そして、そのまま寝ようとする彼に必死に声をかけた。
「ユリウス、しっかりして!どうしてここまで飲んだんですか!」
けれどユリウスは首を振り、酔っていないと主張した。ダメだ、これは。
何があったか知らないけど、これでは作戦どころではない。
意中の人の包容力は知らないけど、こんな酔っ払いが告白して通じるはずがない。
「待ってて下さい。お水か何か持ってきますね」
私は立ち上がり、屋台の方に走ろうとした。
「?」
腕に違和感があり、振り向くとユリウスが私の手首をつかんでいた。

「すぐ戻りますから、大丈夫ですよ」
子どもをなだめる口調で言うと、
「うわっ!」
一気に手首を引き寄せられる。はずれるかと思った……。
「ユリウス!」
抗議のため彼を睨もうとすると、座ったまま強く抱きしめられた。
酒臭くて気分がムカムカしてきた。
「ユリウス、本当にすぐに戻りますから……」
何とか酔っ払いの腕を逃れようとし、ふいにザラッとしたものを頬に感じる。
ユリウスが荒れた手を私の頬に当てていた。
見下ろす瞳は酔いに揺れる藍色。
「ユリウス?」
私はその深い色が近づくのを呆けたように眺める。

気がつくと、ユリウスにキスされていた。

――え?
最初に思ったのはそんな呑気な驚きだった。
唇に彼の舌を感じ、酒臭の呼気が口内に混じる。
入り込んだ彼の舌が探るように私の舌に絡みついたあたりで我に返った。
「――っ!っ!!」
正気に戻そうと彼の胸を叩き、首を振る。
けれどもがくだけ強く抱き寄せられ、より深く舌を差し入れられた。
「ん……っ!」
苦しさと酒臭さで涙がにじむ。もう限界だと思った頃、ようやくユリウスが離れた。
新鮮な夜風を吸い込み、むしろこっちが吐きそうな気分で咳き込んでいると、
また抱き寄せられ、強く身体が密着する。
「ユリウス、いい加減にしてください!」
「好きだ……」
ありえないことを耳元でささやかれた。
「違います!私はあなたの好きな人じゃないですから!」
酔いすぎだ。よりにもよって意中の人と私を間違えるなんて。
「おまえだ。ずっと好きだった……別れたとき、どれだけおまえを想ったことか。
指に傷をつけながら部品を拾うおまえに、冷たい言葉をかけたことを後悔したか。
私のために珈琲を淹れてくれたのに……あのとき、出て行けと言わなければ……」
――……?
今度は本当に私のことを言っているらしい。
酩酊で、意中の人と私が混ざりだしたのか。
――それにしても、いったい何の話を……。
少し考え、思い当たる。ハートの国の、最後のときだ。
確か部品箱に珈琲セットをぶちまけ、怒鳴り散らされたのだ。
破片で指を切った覚えも確かにある。
けど、再会してからそれについて言及されたことはないし、私も完全に忘れていた。
――ユリウス。もしかして、ずっとそのことを気にして?
「例え今が嘘の季節であったとしても詫びたい。あのときは悪かった」
前半が少し意味不明だけど、酔っているからだろう。私も少し胸が熱くなる。
「気にしてませんよ。私の方こそ、ごめんなさい」
微笑むと、ユリウスはホッとした顔になった。
そして酔いの覚めない声で言った。
「おまえは優しいな。やはり、これはいつもの夢か」

――いつも?
けれどユリウスの方は彼の中で勝手に納得したらしい。
再び私を抱き寄せ、顔を近づけてくる。
気がつくと空気が違っていた。
「ユリウス、待ってくださいっ!」
私は腕を突っ張って時計屋を止めようとする。
けれど長身の時計屋は易々と私を引き寄せ、唇を重ねた。
「ん……」
舌をねじこまれ、散々口内を貪られ、やっと離れるとユリウスは暗く笑い、
「そう嫌がるな。また可愛がってやる」
「ユリウス……正気に戻ってください!」
彼がおかしい。この状況を夢と勘違いしているのだ。
「それに、私はあなたの好きな人じゃないです」
「おまえだ……おまえ以外にはいない」
そして有無を言わさない力で、私は芝生に押し倒された。

2011/05/26

8/8

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