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■一人ぼっちの恋

夏祭りから一時間帯後。
私はベンチでうめいておりました。
「お、お腹が痛いです……」
「腹痛を起こすまで食べる奴があるか!本当におまえという奴は……」
ユリウスのお説教が痛い。
とはいえ背中をさする手は優しい。
エースと一緒に、男性のペースで食べ歩いた私は、食べ過ぎで腹痛を起こしていた。
ちなみにエースは、薄情にも他の屋台に走っていて姿が見えない。
「すみません、ユリウス。またもエースの奸計に引っかかりまして……」
「いや、タダだからと自分から食いまくってただろう、おまえ」
「あう」
い、いや異世界で日本文化に出会った懐かしさに、つい。
もっと早く来ていれば良かったけど仕事で忙しかったのだ。
「待ってろ、薬か、無ければ温かい飲み物を買ってくる」
「す、すみません……」
立ち上がるユリウスに謝ると、彼はかがみ、優しく頭を撫でてくれた。
「気にするな。おまえはいつも頑張りすぎなんだ」
頑張ってなんかいない。
――それはあなたでしょう?
でもユリウスはお祭りの屋台の中に走っていった。
残された私はみじめな気分でベンチに座っている。
「これじゃあ作戦どころじゃないですね……」
他ならない自分が足を引っぱってどうする。
「それにしても、相手の女性はどこにいるんですかね」
ユリウスは意外に分かりやすいから、意中の人が人ごみにいたらすぐ反応するはず。
けれど、今のところそれっぽい人はいないようだ。
「あたたた……」
腹が不吉な音を立て始めた。
もうユリウスの帰りを待っていられない。
私は立ち上がり、戦場へと駆けだした。

…………。
一時間帯後。
「はあ、すっきりしました」
戦闘に勝利した私は、誇らしげにベンチに戻って来た。
けれどユリウスもエースもまだ帰っていない。
いったい女の子をほっといて何をしているんだか。
――いえ、もしかしてもう始まってるんじゃ……。
ユリウスが先に意中の女性を見つけ、何やらいい雰囲気になっているとか。
エースも頼りない私を忘れ、一人で作戦を進めていたら。
「…………」
私は膝の上でぎゅっと手を握る。
――そうだとしても、それでいいじゃないですか。何か問題でも?
自分に冷たく問うてみる。
そしてユリウスを探すため、立ち上がった。

…………。楽しそうな夏祭りを、私はとぼとぼと歩く。
遠くには遊園地のパレード。ボリスもピアスもゴーランドもあの喧噪の中。
目をこらすとクローバーの塔の灯り。散々お世話になって捨ててきた場所。
さらに目を皿にした先にハートの城。近づいてはいけない気がする所。
そして見えないほど遠くに……帽子屋屋敷。
ブラッドへの紅茶を失敗して以来、ボスは私の店に来てくれなくなった。
飼い主を自称する彼は、腕の落ちたペットに飽きてしまったんだろうか。
そして姿の見えない時計屋と親友の騎士。
一人ぼっちの私は星空を見上げる。

――ジョーカー……。
彼に会いたい。自分でもどうしてだか分からないけれど会いたくてたまらない。
監獄の所長という以外、何も知らず、特徴と言えば口の悪さくらい。
常に私を脅し、罵倒する。
でも気がつくと彼のことを考えている。
またあの場所に行けないかと期待している自分がいる。

――恋、なんですかね。

恋と言えば恋っぽい。私への冷たい態度はこの世界では逆に新鮮だった。
何より、思う存分にこき下ろしてくれるところが。
――私って××だったんですか……。
ある意味新しい発見だ。
けれど夢の住人と恋愛なんて可能なんだろうか。
でもこの世界、夢の住人が現実に姿を現すなんてザラだ。
もう一人のジョーカーさんはサーカスの団長だというし。
彼とこっち側で会うことも不可能ではないかもしれない。
――いやいやいや!
その気になり始めている自分を叱咤する。
というか、本当に恋なんだろうか。恋はもっと胸の弾む明るいものだった気がする。
でもジョーカーへの思いは別な気がする。
何かこう、断酒中に耐えきれず、こっそりお酒を飲む感じの惹かれ方というか……。

「ナノ……」

ユリウスの声がし、我に返った。
屋台の向こうに時計屋の長身が見えた。
私は慌てて笑顔を作り、彼を迎えようとして……半分笑みの形にしかけた口が驚愕に開かれる。
「ゆ、ユリウス、どうしたんですか!?」
「どうも、し、しない……」

……あの時計屋が。冷静沈着なユリウスが足下も覚束ないほどに酔っ払っていた。

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